第1話

文字数 3,549文字

 僕はカエルの子。世間ではトノサマガエルと言う種類に生まれた。ヒキガエルに比べればスマートな身体をしているがお互いカエルの個性だから優越を付けるのは難しい。生まれた場所は広い水田から少し山間に入った所の小さな水田だ。広い水田は機械が来るので危ないけど、ここは機械が入れないから安心な所だ。
 僕の家は小さな水田の片隅にあり、そこは用水路に通じる水門から離れた静かな所だった。僕の兄弟姉妹も近くにいて、両親からすくすくと育ち強い子である様に期待されている。僕のお父さんはお母さんより少し背が低いけど間違った事は大嫌いな強いお父さんで、お母さんは何時も優しく兄弟姉妹を見てくれている。そんな両親を近くで見れる僕達は幸せ者だと思っている。
 水門は時々開けられる事が、あり、用水路から水が流れてくる。なんでも用水路に繋がっていない田んぼの水が無くなると近くの田んぼから水をあげて、用水路からも水を取り込むのだそうだ。そんな時に水門の近くにいると突然水が流れてきて遠く迄運ばれてしまう。ある時その水門の近くで遊んでいたら、誰かが門を開けたので水がザーッと流れてきて大変な思いをした。
 住んでいる家の周りは稲が植えられて、隠れんぼすることが出来るようになった。最近では雨が多くなり水面が慌ただしく波打って外の景色は見え難くなっている。土砂降りの時には水中も揺れる様で怖くなる。僕は弱虫なんだろうか、でも兄弟姉妹も同じ様に右往左往している。
 だいぶ環境に慣れてきたので少し遠出をしたら、お目々ギョロリンのヤゴに出会った。ヤゴの言うことには遠く大きな枡池と言う所にフナと言う魔物が住んでいるそうだ。突然水が流れてくるのは魔物のせいだ。タニシに聞くとそんな事は無い、メダカもその様な話は聞いた事が無い。タガメにも聞きたかったけど怖くて近付けなかった。
 生活もいよいよ活発になり家から遠出する機会も多くなった。兄弟で稲の間を泳ぎ隠れんぼしたりして一日を過ごしていた。何となくお腹の下がモヤモヤっとした感じがしてきた。何だろうかと心配していたら兄弟もお腹の下に何かが出てきている。なんだ皆一緒なんだと思ったら安心してきた。
 僕は何でも食べるからいつも元気だ。ただ、歯が無いので硬い物は食べれない。やはり、柔らかい食べ物がいいな。柔らかい藻やミジンコ等の微生物が大好きなんだ。僕達の周りの環境も少しづつ変わってきて稲も段々と背が伸びている。水も暖かくなるしとても過ごし良くなってきた。
 もうすっかりと手足が伸びて運動も素早く出来る様にもなった。然し、まだ尻尾が残っている。お母さんが言うにはあと少し経てば身体が大きくなり尻尾は無くなるそうだ。そうなんだ、じゃあもう少し待つかな。運動を沢山して丈夫な身体にして、お父さんみたいに働きたいな。
 そうこうしていると僕の身体はすっかりカエルになった。やっと大人の格好になったけど、まだまだ経験が足りなく心は子供のままだ。だけど周りの目は変わり「オタマジャクシ」から「カエル」と呼ばれる様になった。周りの期待があるんだなあと感じる。僕は青春時代を有意義に過ごしていた。

 池に魔物がいる
 
 時々僕達が住んでいる所の水が少なくなる時がある。そんな時にはヤゴやタガメは大変な思いをするみたいだ。ぼくはもう水が無くても平気だ。そんなある時に用水路の水門が開けられて水が勢いよく流れてきた。水門から離れていたけど僕もヤゴもタガメもゴーっと水に流されてしまった。タニシは辛うじて流れずにすんだ。元の所に戻るのに一苦労した。なんでこんな氾濫が起こるんだろうと考えていたら、ハッと思い出した。
 小さい頃にヤゴに聞いたけど、遠く枡池と言う所にフナと言う魔物が住んでいて、水を勢いよく流すと聞いたけど、本当か再び聞いてみた。ヤゴは自分では見たことは無く、お父さんに教えてもらった様だ。お父さんは遠く枡池から難を逃れて、ここの田んぼに引越したのだと。フナと言う魔物は身体が大きく近くの用水路に住んでいるメダカの何十倍、何百倍もの体重の様だ。そんなに大きいのかと恐れてしまった。然し、そんな魔物なら水で氾濫しないようにお願いしたらどうかとなった。
 そこにタニシがのっそり現れて言った。タニシはそんな怖ろしい魔物がいるなんて聞いた事がない。何かの間違いじゃ無いのかと言う。
 それならば探検に行こうと言うことになったが、ヤゴやタガメはお前さんみたいに速く動く事は出来ないから見に行くことは出来ないと言う。仕方が無く僕はひとりで行く事にした。ヤゴに聞いたらヤゴのお父さんは川をずっと遡っていけば枡池にたどり着くと言う。

 探検に行く
 
 善は急げで早速、田んぼから用水路にでて更に小さな川にたどり着いた。今の時期は雨が沢山降らず水は少しで流れも緩やかだ。これなら楽だと安心して川を上って行った。
 少し行くとメダカに出会った。メダカは僕が来たことが珍しかったのか、何処から来たのか、何処に行くのか聞いてきた。僕はずっと遠くの枡池に魔物が住んでいると聞いた。下の田んぼは時々水で氾濫してヤゴもタガメもタニシも大変な思いをしている。どんな魔物が住んでいるか見て、氾濫しない様にお願いをするつもりだと伝えた。メダカの住んでいる所も時々水が多くなるが、避難する所があちこちに有るので特に気にはなっていないと言う。そうなんだ氾濫するのは下の田んぼだけなんだな。
 だいぶ遠く迄来て陽が沈むし少し疲れたから何処か休む所を探していたらトンボに出会った。僕はすかさず近くに休む所がないか尋ねてから一緒に休む事にした。そこで今迄のことを話してフナがどう言う魔物なのか聞いてみた。トンボが言うには直接見た事は無いが以前に大変な事に出会った。枡池の水の中に草が出ていて休む為にそこに止まっていたら、背後から突然バシャッと音がしたと思ったら、大きなものが襲ってきた。直ぐに逃げたから食べられなくてすんだがとても怖かった。上から見ると水の中を何かが泳いでいて大きな影が見えた。
 その後にも他のトンボに出会ったけど同じ様な経験をしていると聞いた。どうしよう、僕は怖くなったけど皆の為にもフナにお願いをしなければならない。迷ったが翌朝心を奮い立たせて枡池に行く事にした。

 枡池に到着
 
 だいぶ時間が掛かって枡池の近くに来ると土手の上に池がある様で、その土手を登らないとならない。少々高かったけど一生懸命に登った。土手から見る池は広くて水がなみなみとあり僕はビックリした。こんなに広く大きいところがあるんだ。
 そうしてその池に入りヤゴを探したけど見当たらないので、ちょっと怖いけどタガメがいたので聞いた。
 僕は下の田んぼから来たんだけど、ここに魔物が住んでいて水を勢いよく下に流している。下のものは洪水、氾濫があり大変な思いをしている。その魔物に会って水を勢いよく流さない様にお願いしに来た。と伝えたところ、ここには魔物など住んでいないと言う。それならばフナと言う生き物がいるんではないかと聞いたら、フナはいるが魔物では無いとの事だ。何か聞いた話しとは違う様だ。
 タガメにフナに会いたいとお願いしたら、呼びに行った。暫くしてからタガメがフナを連れて来た。フナは僕よりも身長は倍もあり体重は五倍はありそうだ。だけど魔物と言う生き物とは思えない。僕は一瞬身構えたけど、フナの話し方を見ていたら、優しそうだ。
 そこで僕はフナにお願いをした。下の田んぼでは時々水が勢い良く流れてきて洪水、氾濫が発生する。ヤゴやタガメは水に流されてしまい大変な思いをしている。僕は代表でここ迄やって来た。水を勢い良く流さない様にして欲しい。そうお願いしたら、それはこのフナである俺がした事では無い。何か勘違いをしているのでは無いかと言われた。
 いやいや、途中でトンボにも聞いたんだが、池の中水草に止まっていたら突然背後から襲われて危うく食べられてしまうところだった。と聞いてきた。そんな魔物だから水を勢い良く流す事が出来るんだと思う。
 フナが言うには、お前さんはこの池に住んでいる魔物を直接見たのかと聞いてきたので、見ていないと答えたし。トンボの話しを信じてきた、とフナに伝えた。然し、フナはトンボも直接見ていない様だが、何を根拠に魔物と思ったのか。そんな事では誰も信じてくれないと忠告してくれた。
 フナは更に続いて言った。魔物って若しかしたら人間と言う生き物じゃないのか。人間は時々池の門を開けて水を勢い良く流す。田んぼの水が大事で、そこに暮らす生き物は関係ないだろうと言った。そう言えば、田んぼの水門から水が流れて来た時には人間と言う生き物がいた。そうか魔物って人間なんだ。
 
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