第1話
文字数 1,993文字
緑豊かな町に、小学校がありました。
その小学校は低・中学年は戦前に建てられた旧校舎を使って、高学年は戦後に建てられた新校舎を使うのです。
新校舎はまだ新しいから変な話は無いんですけれど、旧校舎は暗くてジメーッとしているので、昼間でもあまり気持ちの晴れない建物でした。そのせいか、日本人形の髪が伸びているとか、台風の日に変なうめき声が聞こえるとか。そんな話が沢山ありました。
私は、小学二年生の時にこの学校に越してきましてね、同級生からそういう怪談話を沢山聞かされました。馬鹿らしくて飽き飽きしていた時、ある女の子がこう言ったんです。
「旧校舎の二階にある二年生のトイレ、後ろから三番目の女子トイレは絶対にノックするな」
私は「なんで?」って聞いたんです。そしたら、彼女は「絶対にするな」って念を押してきたんです。その子、なんか陰気くさくて体臭もきつくて、よく覚えています。
あれからどれぐらい経ったかなぁ。多分、七月ぐらいだったと思います。覚えているのは、夏の暑い三時間目。
私、授業中にお腹が痛くなってトイレに行ったんです。
普通なら綺麗な三年生用トイレを使うのですが、その時は教室から近い男女兼用の二年生トイレにしたんです。
久々に二年生用トイレに入ったんですが、やっぱり汚くて暗くて臭かった。本当に汚いトイレでした。そして、私、見たんです。
後ろから三番目の女子トイレの扉が閉まっていたんです。
サッサと用を足せば良いのに、あのトイレが気になって仕方なくて……。本当に人がいるのかな? って思って、コンコンっ扉を叩いてしまったんです。
後ろから三番目のトイレを。
すると、トイレの内側から コン コン って返事があったんです。
あぁ。人がいる、と思って安心しました。だから、もう一度私トイレをノックしたんです。
コン コン って。
今度は返事が無かったんです。
私は、もう一度ノックしました。ノックが返ってくるまで叩いたんです。何かにムキになっていたんでしょうね。
そしたらね、返事が返ってきました。
声ではなく、トイレの内側からポーンと何かが投げつけられて。
一つだけじゃないんです。いくつもいくつも 私がノックの答るよう、何かが投げられるんです。
一体何なんでしょう。自分に向けられた物が何か、よくわからなかったので、ゆっくり ゆっくりと振り向きました。
私の背後。男子小便器の前には水色の便所履き用のサンダルの山がありました。
何がなんだかわかりませんでした。あのサンダルの量、狭いトイレの個室じゃ抱えられる量じゃありません。
おかしな事が起こっている。それだけがわかって。半泣きでそのトイレの扉を押したんです。
「誰かいるんでしょう」「悪かったから。もうやめて!」
って言って。
あのトイレの扉、内開きになってましてね。勢いに任せて私の足が、便器の中に入ってしまいました。
狭いトイレの中に人なんて誰もいませんでした。
嫌な夢なら良かったです。
足の裏にゴムのようにへばりつく感触。靴下にしみる便器の冷たい水。ツンと鼻につくアンモニアの匂い。自分の背後に作られたサンダルの山。
全て事実でした。
小学二年生の私に、限界でした。泣き出しそうな私の肩に、誰かがポンと叩いたんです。
思い出してください。私がこのトイレに来たのは授業中です。他に人がいるわけないじゃないですか。
なのに、誰かが私の肩を叩くんです。
先生かな? と思って振り返ると……。
いたんです。
牛乳瓶みたいな眼鏡をかけた 陰気でキツイ臭い体臭を漂わせる彼女が。
「後ろから三番目のトイレを絶対にノックするな」って言った彼女が。
「上履き、汚しちゃったね」
あの子のキツイ臭い、このトイレと同じ臭いだったんです。
その後、よく覚えていません。先生やクラスメイトに自分が見たことを全部話しました。
けれども、先生は私が言ったことを何一つ信じず、あのサンダルの山は、私の悪戯と決めつけてしまいました。
あの日以降、私は「便所女」と呼ばれクラスから弾き者になってしまいました。
でも、一人になると見えるものがあるんです。
実は、私に忠告をした女の姿がどこにもいないんです。
だから、私はあの女を捜すことにしました。あの女があんなことを言わなければ、私はこんな目に。こんな人生を送る事は無かったんです。だから、あの女を捜して落とし前をつけさせます。
そして、私みたいな女を創らないために下級生に忠告することにしました。
「旧校舎も二階、二年生のトイレ 後ろから三番目の女子トイレは絶対にノックするな」
その為に、威嚇用の便所履き用のサンダルを用意しているんです。
私は、この話を聞いて以降彼女の姿を見ていない。
その小学校は低・中学年は戦前に建てられた旧校舎を使って、高学年は戦後に建てられた新校舎を使うのです。
新校舎はまだ新しいから変な話は無いんですけれど、旧校舎は暗くてジメーッとしているので、昼間でもあまり気持ちの晴れない建物でした。そのせいか、日本人形の髪が伸びているとか、台風の日に変なうめき声が聞こえるとか。そんな話が沢山ありました。
私は、小学二年生の時にこの学校に越してきましてね、同級生からそういう怪談話を沢山聞かされました。馬鹿らしくて飽き飽きしていた時、ある女の子がこう言ったんです。
「旧校舎の二階にある二年生のトイレ、後ろから三番目の女子トイレは絶対にノックするな」
私は「なんで?」って聞いたんです。そしたら、彼女は「絶対にするな」って念を押してきたんです。その子、なんか陰気くさくて体臭もきつくて、よく覚えています。
あれからどれぐらい経ったかなぁ。多分、七月ぐらいだったと思います。覚えているのは、夏の暑い三時間目。
私、授業中にお腹が痛くなってトイレに行ったんです。
普通なら綺麗な三年生用トイレを使うのですが、その時は教室から近い男女兼用の二年生トイレにしたんです。
久々に二年生用トイレに入ったんですが、やっぱり汚くて暗くて臭かった。本当に汚いトイレでした。そして、私、見たんです。
後ろから三番目の女子トイレの扉が閉まっていたんです。
サッサと用を足せば良いのに、あのトイレが気になって仕方なくて……。本当に人がいるのかな? って思って、コンコンっ扉を叩いてしまったんです。
後ろから三番目のトイレを。
すると、トイレの内側から コン コン って返事があったんです。
あぁ。人がいる、と思って安心しました。だから、もう一度私トイレをノックしたんです。
コン コン って。
今度は返事が無かったんです。
私は、もう一度ノックしました。ノックが返ってくるまで叩いたんです。何かにムキになっていたんでしょうね。
そしたらね、返事が返ってきました。
声ではなく、トイレの内側からポーンと何かが投げつけられて。
一つだけじゃないんです。いくつもいくつも 私がノックの答るよう、何かが投げられるんです。
一体何なんでしょう。自分に向けられた物が何か、よくわからなかったので、ゆっくり ゆっくりと振り向きました。
私の背後。男子小便器の前には水色の便所履き用のサンダルの山がありました。
何がなんだかわかりませんでした。あのサンダルの量、狭いトイレの個室じゃ抱えられる量じゃありません。
おかしな事が起こっている。それだけがわかって。半泣きでそのトイレの扉を押したんです。
「誰かいるんでしょう」「悪かったから。もうやめて!」
って言って。
あのトイレの扉、内開きになってましてね。勢いに任せて私の足が、便器の中に入ってしまいました。
狭いトイレの中に人なんて誰もいませんでした。
嫌な夢なら良かったです。
足の裏にゴムのようにへばりつく感触。靴下にしみる便器の冷たい水。ツンと鼻につくアンモニアの匂い。自分の背後に作られたサンダルの山。
全て事実でした。
小学二年生の私に、限界でした。泣き出しそうな私の肩に、誰かがポンと叩いたんです。
思い出してください。私がこのトイレに来たのは授業中です。他に人がいるわけないじゃないですか。
なのに、誰かが私の肩を叩くんです。
先生かな? と思って振り返ると……。
いたんです。
牛乳瓶みたいな眼鏡をかけた 陰気でキツイ臭い体臭を漂わせる彼女が。
「後ろから三番目のトイレを絶対にノックするな」って言った彼女が。
「上履き、汚しちゃったね」
あの子のキツイ臭い、このトイレと同じ臭いだったんです。
その後、よく覚えていません。先生やクラスメイトに自分が見たことを全部話しました。
けれども、先生は私が言ったことを何一つ信じず、あのサンダルの山は、私の悪戯と決めつけてしまいました。
あの日以降、私は「便所女」と呼ばれクラスから弾き者になってしまいました。
でも、一人になると見えるものがあるんです。
実は、私に忠告をした女の姿がどこにもいないんです。
だから、私はあの女を捜すことにしました。あの女があんなことを言わなければ、私はこんな目に。こんな人生を送る事は無かったんです。だから、あの女を捜して落とし前をつけさせます。
そして、私みたいな女を創らないために下級生に忠告することにしました。
「旧校舎も二階、二年生のトイレ 後ろから三番目の女子トイレは絶対にノックするな」
その為に、威嚇用の便所履き用のサンダルを用意しているんです。
私は、この話を聞いて以降彼女の姿を見ていない。