まだ教えてあげない

文字数 1,998文字

 体育祭を盛りあげる音楽と声援の最中。
「あの、すいません」と声がした。
 ふり向くと、二人の女の子がはにかんだ笑顔で立っている。
「石村先輩いますか?」
 はあ、またか。何度目だろう。
 わたしは頭を抱えたくなった。
 けれど、そんなことをおくびに出さず笑顔で答える。
「ちょっと待ってて」
 うちのクラスの応援席に目をやった。
 前方にひときわ目立つ、背の高いヤツがいる。
 それが石村流星。わたしの幼なじみで、彼女たちのお目当てだ。
「いっしむっらくーん、七番テーブルでご指名でーす!」
 手をメガホンにして声を張りあげる。
 彼が気づき、こちらを向いてニッと笑った。
「おう!」

 流星がもてるようになったのは、高校に入ってからのこと。
 それまでは、わたしと背が変わらないぐらいのチビだったのに。
 どういうわけか高校生になったとたん、ぐんぐん背が伸びて、陸上部のハードル走の記録も縮んでいった。
 なのに、わたしのほうは右足首を痛めてドクターストップ。
 同じ年数ずっと陸上やってるのに、このザマだ。
 神様ってイジワル。
 なんであいつだけピカピカしてるんだろう。

「ミュウミュウ、顔きょーあくだぞ」
 となりの席に、あいつが腰をおろした。
「あだ名で呼ばないで」
 視線を前方に置いたまま答える。
 運動場では、にぎやかに一年生の借り物競走が行われていた。
「そろそろ来そうだね」
「な、何が?」
 流星はギクッとした。
「借り物。『先輩のもの、お借りたいんですけど』って、女の子たちが来るんじゃないかなあって」
 流星は無言だった。
「去年は楽しかったよね。誰が誰のとこに借りにいくか、前もって相談しちゃったりしてさ――」
 そう言ったときだ。
「そうか、そうすれば、よかったのか……!」
 なぜだか、みるみるうちに彼の顔が赤くなっていく。
「どうしたの? 顔すごい真っ赤だよ!」
「あ、あのさ……」
 流星は周りから隠れるように長いからだを折り曲げると、ちょいちょいとわたしを手招きした。
「なによう」
 同じように、わたしもかがむ。
「……去年の今頃さ、いっぱい物失くしたってミュウミュウ言ってただろ?」
「ん?」
 わたしは頭のなかの記憶をさぐった。
「ハチマキとか、ハンカチとか、タオル? でも、不思議なんだよね。体育祭が終わったら、いっぺんに戻ってきたんだ。だから小人さんが借りてったのかなあって思っちゃった」
 流星はいきなり手のひらをパチンとあわせた。
「ごめん! それ、おれなんだっ」
 はあ!?
 なんですと?
 わたしはガバッと立ちあがった。
「なんでそんなことしたの? わたし、イジメられてるのかと真剣に悩んだんだよっ」
 どうりで、あのとき相談しても、平気な顔してると思った!
「小人さんは、あんただったのね! あのとき『気のせいだよ』って言っておきながら、陰でおもしろがってたんだ!」
「ち、ちがうって! そんなんじゃないよ」
「じゃあ、なんなの!」
 答えによっては、ぶん殴る!
 流星の顔は、ますます赤くなった。
「とられたくなかったんだよ! 借り物でミュウミュウの物、他のヤツに借りられたくなかったんだ!」
「!」
 思わぬ告白に固まった。

 もしかして、それって……えええーー!?

「あの、お取り込み中すいません」
 ふいに声をかけられた。
 見ると、今度は男子が立っている。
 さっきの女の子たちと同じように、彼もはにかんだ笑顔を浮かべていた。
「先輩に借りたい物あるんですけど」
 彼はそう言いながら、わたしの顔を見た。
「わ、わたし……!?」
 自分で自分の顔を指さすと、彼は「はい」とうなずいた。
 すると、流星が勢いよく椅子から立ちあがった。
「こんな男、絶対ゆるさん!」
 おまえ、わたしのお父さんか!
 そうツッコミ入れようとしたけれど、周りの視線に気づいた。
 同じクラスの子も、となりのクラスの子も、付近を通り過ぎる子たちもみな、わたしたちに注目している。
「ちょ、ちょっと!」
 あせって流星の袖をひっぱったけど遅かった。
「ミュウミュウの髪の毛一本、絶対! かさないからなあああああーーーーー!」

 皆がいっせいにはやし立てる声や口笛が聞こえて――。
 そのあと、どうなったか覚えていない。



「なあ、ミュウミュウ、ごめんよ。ごめんって」
 帰りの電車の中、流星はわたしを人混みから守るように立っていた。
 ケガをしているわたしをかばってくれているのだろう。
 電車が揺れるたびに、流星の広い胸に背中が触れそうでドキドキする。

 でも、このことはヒミツ。
 さっきのこと怒っているんだから。

「知らない! 流星のバカ!」

 ちゃんと「好き」って言ってくれるまで、わたしのキモチ、まだ教えてあげない。
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