秘密のふたり

文字数 1,995文字

憧れのうたのおねえさんに合格して、憧れていたおにいさんとうたっている。幸せな瞬間、のはずだが――

 私、のどかと申します。この度ようやく夢のお仕事、念願のうたのおねえさんになりました。しかしながら、憧れだったうたのおにいさんが相当な毒持ち男で、夢破れながらもなんとか生きています。

 私は、キッズソングという伝統ある幼児番組の大ファン(オタク)です。
 そんなマニアックな私はストーカーのごとく、うたのおねえさんのオーディションがないかと履歴書を送り、ファンレターという名の感想文を送り……。うたのおねえさんになるべく最大限の努力をしたのです。

 ところが、おにいさんの第一声が――
「マニアックでウザイ視聴者が、おねえさんに合格したってマジかよ?」

 それは、仕事に慣れてきたころの収録中の出来事だった。
「これ、渡しておく」
 そういわれて渡されたメモだけど、何だろう?

 これ、ナル兄の連絡先?
「あの、さっきの……?」
「あれ? 俺のファンじゃなかった? のどかおねえさん」
 意地悪そうなほほえみ。この人の笑顔は反則だ。

「前任のおねえさんにも連絡していますよね?」
 ネット上で話題になった、おねえさんとおにいさんの恋愛。

「俺、連絡先教えてないし知らないから」

 何? 私にだけ教えたの? 

「俺、おまえみたいな純粋で真っすぐな人を見ると、つい、いじめたくなるんだよな」
「小学生の男子ですか?」
「とりあえず、今夜メッセージ送れよ」

 そして、突然何事もなかったかのように仕事モードになる。
 私の胸はどきどき高鳴る。
 メッセージなんて送ろう?
 もう私はメッセージのことで頭がいっぱいだ。
 私は既におにいさんに毒の鎖で巻かれているのかもしれない。
 何を送信してもあの人の毒牙が向けられそうで怖いけれど――
 近づきたい。複雑だ。

 2週間近くたったころだろうか。
 突然おにいさんが壁ドンをする。少女漫画ならば胸キュンポイントだが、いまいち自分の立ち位置がわからない私としては、どうすればいいのか何が目的なのか、わからないでいた。

「なんで連絡してこない?」
「文章が思いつかなくって……毎日会うから直接話せばいいし」
「俺の連絡先知っているのは、超貴重だぞ」
「個人的に連絡とりあうのって、やっぱりうたのおねえさんとしては失格だと思うし」
「なんでお前はそんなに馬鹿まじめなんだろうな……」

 それは不意打ちの出来事だった。キスされたのだ。
 ファーストキスだったのに――それも憧れの人と不意打ちで。

「おまえなんか、大嫌いだけどな」
 なんたるドS発言。こんなこと言われたら普通幻滅するのだろうが――
 相手は超美形男子。何を言われても私のような恋愛初心者は心を許してしまう。

「私のこと嫌いなのに、なんでキスするの?」
「俺のものにしたいからに決まっている――だろ?」
「なんで……?」

 矛盾しているこの発言。このドS男は俺様気質がすごい。切れ長の瞳がきれいで、目力が鋭く刃のごとく切り刻まれそうだった。なぜかはわからないけど、この危険オーラ爆発のおにいさんに好かれてしまったのだろうか? 
 かなり物好きなおにいさん……これは運命だと勘違いしてもいいものだろうか?

 でも、この曲者と恋愛初心者の私が交際するのは――至難の業だろう。
かなり大変なのではないのだろうか??

「キス=交際とか思っているんじゃないだろうな? つきあうつもりはないから」
 何――その急に天国から地獄に振り落とすようなセリフ。
 あからさまにがっかりな表情をしてしまった。

「うたのおにいさんを卒業したら、つきあうか?」

 え……? 何、その提案?

「俺のこと好きだろ?」
「好きじゃないよ」
「そんなこというなら、キスするぞ」
 まさかの二回目? 瞳を閉じて、キス態勢完了。
「痛っ……」デコピンされた。キスではなかった。
 期待した私が馬鹿だった。

「ちゃんと連絡しろよな、待っているからな」
 といいながら……二回目の深いキスをおにいさんからプレゼントされた。

 まさかの二回目。
 右肩が触れるだけで、緊張していたのに
 こんなことがあるなんて――

「卒業したらよろしくお願いします」
 大好きな人の顔が間近にあったせいで、私は顔が火照った状態で返事をした。

「よし」
 まるで私への扱いはペットだ。ペットのように私の髪を撫でる。

 おにいさんの瞳は美しいけれど、どこか氷のような冷たさを秘めていた。
 もし、この人の氷を解かすことができれば――
 彼に本当の幸せを与えられるのかもしれない。
 でも、私たちは 禁断の愛なのだ。世間に知られてはいけない。
 もちろんスタッフにも仲間にも、この恋は絶対秘密事項なのだ。
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