第1話

文字数 1,038文字

 さわ、さわ、さわ。
 眠りに就いた僕の頬を何かが触る。
 さわ、さわ、さわ。そして、小さな「にゃ」。
 微睡(まどろ)みから引き戻されて僕は、掛け布団の裾をすっと引き上げる。間髪入れずに、奴は布団の中に潜り込んで、僕のお腹に体をくっつけて丸くなった。
 温かいものを心とからだに抱いて、僕は再び目を閉じる。

 猫と生活を共にして、もう30年になる。
 小さい頃は、犬を飼っていた。だから、家を建てたら犬を飼おうと思っていた。
 けれど、建てた家にやってきたのは、野良猫だった。その野良猫が、僕の家で四匹の仔猫を産んだ。それがはじまり。それから、のべ16頭の子が、我が家にやってきた。
 最初の子を除けば、どの子も、捨てられていたり、行き場を失っていた子達だ。

 僕の職場に捨てられていた子がいた。
 機嫌がいい時に名を呼べば、「んにゃっ!」と返事をし、そうでない時は返事すらしない。窓の外の鳥を見ては「ケケケケッ」と鳴いた。
 家の周りを散歩していた時、急に茂みの中から飛び出してきた子もいた。
 キジトラの女の子で、僕がお風呂に入ると必ず付いてきて、お風呂の蓋の上からお湯をぴちゃぴちゃと舐めていた。寝るぞと言えば、付いてきて、僕の枕の横で丸くなった。
 スーパーの駐車場に捨てられていたのは、黒猫の仔猫。
 黒猫は油断をすると、前を向いているのか後ろを向いているのか分からなくなる。特に写真を撮る時に注意しないと、ただの黒い物体にしか映らない。この子はミルクをたくさん飲んで、カリカリをたくさん食べた。短い曲がり尻尾がバカ殿のちょんまげによく似ていて、機嫌がいいと、くるりん、くるりんと、回していた。

 そして僕の布団に潜り込んできたのが、銀行の駐車場で拾った茶トラの仔猫。
 拾った直後、体調を崩して熱が下がらず、割と危険な状態になった。
 野良猫の多くはこうして命を落とすことが多いのだそうだ。夏の暑さや冬の寒さに耐えられない子も多いという。
 でも、この子は僕の布団の中で、すーすーと寝息を立てている。

 猫を飼っている人は分かると思うけど、猫は飼い主の姿をよく観察しているから、ヒトが言ってることは分かるようになるし、飼い主だって猫が何を訴えているのかくらい、分かるようになる。
 お互いがお互いのことを尊重し、大切にすれば、一番大事なことはちゃんと伝わる。

 そうそう、猫だって時に夢を見る。
 口を開けて、だらんとベロを出して、わにゃわにゃ言ってることがある。
 まさか、飼い主の姿を真似ている……はずはないよね。

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