第1話

文字数 1,180文字

 彼が物心つく頃から、かれこれ十数年の付き合いだろうか。家族同然と言っていいほど側にいて頼りにしてくれていた。
 中学生の時、クラスで好きな子が出来て舞い上がっていたから、彼女は君の恋人には合わないと教えてあげた。だって彼女、男友達が沢山いて、よく遊びに行ってる派手なグループにいたからね。近づくと痛い目に合いそうだったし、彼には真面目で清楚なタイプが合うと思うんだよね。彼は結局彼女の事は遠巻きに見るだけで日々は過ぎて、とうとう話しかけることすら出来ずに卒業しちゃった。でも、これで良かったんじゃないかな、痛みなんて知らない方が良いよ。

 大学は色んな誘惑がある危険な場所だ。サークル活動と友人は慎重に選ばないとね。君は優しすぎる。遊び疲れてノートだけ貸してくれという輩なんか相手にするな。変なモノを売りつけられる前にその男とは縁を切れ。就職活動に悪い影響が出る友人なんて必要かどうか考えろ。煩いだって、君のために言ってるんだぞ。
 最近、変な髪色の女が地味な君の何を気に入ったのか、毎日のように話しかけてくる。その女のせいで、彼のまわりにはまたよくないものが集まりだした。今度はどうやって、引き離したら良いものか。少しずつ彼の服装も代わり、言動に自信のようなものが感じられるようになった。
 しばらくして人付き合いが得意ではない彼は、無理してまわりに合わせ過ぎて、自分を見失い始めた。ほら、助言を無視して自分の力のように振る舞ったから結局取り残されたじゃないか。君は見た目通りの地味な性格なのだから、無理なんかしないでさ、また僕と仲良くしようよ。
 その後、変な髪色の女が何度か誘いに話しかけて来たけど、彼はすっかり元の地味な男に戻っていた。分かってるよ、少し憧れただけだもんな。自分にない世界は眩しく感じるものさ。でも、害にしかならないことが分かって良かったじゃないか。僕はそれが嬉しい。
 それからは、君は目を見張るまでに勉学に邁進して主席で卒業した。あんな連中と縁を切ったから良い結果が出たんだよ。

 大学を卒業後、無事就職して暫くした頃、同窓会の葉書が来た。彼は少し悩んだ末に、出席に丸を付けて出した。僕は少し驚いたけど、何かあればまた僕が守れば良いと軽く考えていた。
 あの時の変な髪色をした女が手を振っている。今からでも遅くない、また面倒になる前に帰ろう。

『もう、僕は君を、いや色眼鏡なんて必要ない。大学を卒業したとき気づいたんだ。自分の力でこれからは自分自身の目で見たものを信じていく』

 君は僕を勢い良く投げ捨て、彼女の元へ走っていく。
 いいさ、僕を必要な人間なんて沢山いるんだ。

(了)
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