第1話

文字数 1,333文字

 工場で働いた。
 私は女だった。周りで働く人間も皆、女だった。女ばかりが働く工場だった。
 私は入ったばかりの右も左も知らない新人で、作業を一から覚える段階だった。作業は二人一組で行うもので、私も先輩格の二人の女に()いて必死で仕事を覚えようとした。Aのほうは私よりだいぶ年上で、もうかなりのベテランに見えた。Bは私と近い年のようだがそれでも二十五は越えているだろう。Aはおおらかな性格で細かいことは気にしないが仕事はきっちりそつなくこなし、B生真面目でやや冷たい、そんな女のように見えた。
 Aがスーパーのレジ袋のような型の用紙の束を一定の厚みでまとめて印刷機の投入口に差し、同時にプラスチックのスコップでかすがいのような金属部品をがっとすくってそれもすぐ横の別の投入口にざらざら流し込む。機械は止まらない。それを延々と繰り返さねばならない。単調な作業に見えるが用紙の差し方などにも要領や注意点があるらしく、Aに気を抜いている様子はない。スコップ一杯にすくうと金属部品もそれなりの重さになるみたいで、それをひたすら繰り返すのは体力を使いそうだ。BはAの作業が途切れないように用紙や金属部品を絶えず手近に補充する。
 AもBも説明などは一切してくれない。私は彼女たちの作業を見て、理解し、覚えるしかない。タイミング、分量、位置、それらを彼女たちの手元を必死に注視する。まもなく、私は自分でそれを担当しなければならないのだ。緊張の汗が滲む。
 必死で仕事を覚えようとしている私の背後で、ひとりの女の工員が椅子にかけていて、小さなテーブルを挟んで管理職の男に静かに厳重注意を受けている。女は工場内のトイレで自慰をしていたのだということだった。男に淡々と詰められ、女はうつむきがちに、生活や仕事に疲れ切った暗い顔をしている。咎められる彼女の行為が勤務時間中だったのか休憩中だったのかはわからない。この女はきっと馘首(くび)になるだろうと、私は思った。
 機械は止まらない。この作業は一体何時間続いて、一日働いていくらなのだろうと、まだただ見ているだけなので肉体の疲労はそれほどないが気が遠くなるような思いで私はそう考える。すると、そばでAの介助をしているBが言う。すべて投入したら終わる、と。全部終わらないと休めない、彼女はそう言ったのだった。
 そしてどれだけかの時間が流れ、私たちの割り当て分が全部終わった。休憩がようやく許される。AもBも足を床に投げ出すようにして腰を下ろし、休む。体裁を繕っていられないほど二人とも疲労しているのがその様子からもわかる。私は不安になる。果たして自分がこの工場でこれから長く勤めていけるのか。こんな作業を毎日続けることができるのか。すぐに辞めてしまうことになるのではないか。まったく自信がない。
 ふいに目が覚める。工場で働いていた自分が夢だと知る。
 機会があれば辞めたいと常々考えていた、今の仕事は辞めないでおこうと強く思った。あの工場に比べれば今の職場や仕事はまだ良いほうだ。この街のどこかにはあの工場のような場所があるにきっと違いない。あの女たちがこの街のどこかで働いている。だから社会がまわっている。
 私はあの工場には流れ着きたくないと、そう思った。
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