第3話
文字数 3,294文字
3、
磯田和馬はその巨体をずんずん鳴らしながら、地下への階段を下りると、すでに待機していた数名の手下どもの前に姿を見せた。
肩からはバルカン砲を吊り下げ、全身にはボディアーマーを着用している。
ひとりで戦火の渦へと飛び込んでいきそうな出で立ちだが、大袈裟ではない。
外に出れば、人間以外にも敵はいるのだから。
「こんなところにシェルターがあったなんてな。電源が生きているのか。つまり、内部には人間がいるってことだ」
政府がどれくらいの規模の戦火を予測し、地下に幾百ものシェルターを設備したかは不明だが、それら過去の産物が、この時代で生きる人々の役に立っているのは間違いない。
堅牢なつくりのエアロックされた扉は沈黙している。
内部からでなければ鍵を閉めることのできないつくりだ。
磯田は味方を左右にどけ、バルカン砲を回転させた。
破壊的な金属音を鳴らしながら一秒間に百発以上を吐きだす薬莢は、見る見るうち蟻塚のような小山を築いていく。
もうもうと漂う煙が、地上から吹き込んでくる一陣の風によって霧散した。
扉は無傷であった。
「くそ! 下崎がいればな」
磯田の舌打ちが地下に響くと、手下のひとりが遠慮がちに提案する。
「い、いまから呼んできましょうか」
云いはするが、本心では外にいきたいなどとは思わない。
一度、外出すれば無事でいられる保証がないからだ。
黒外套の男を捜し、こうしてここへやってこられたのも訓練された人間がグループ行動したからであろう。
それでもほんの数パーセント、生存率が高くなったに過ぎないのである。
だが、それよりも磯田の不機嫌面のほうが手下どもにとっては脅威だったわけだ。
しかし、磯田はまだ上機嫌である。
「ふん、無用だ。それより、おい、あれを連れて来い」
云われ、手下が急いで階段を駆けあがり、またもどってくると、今度は側に犬が一匹ついてきていた。
セントバーナードは舌から多量の分泌液を垂れ流し、はぁ、はぁ、息を漏らしていた。
「どこからどう見ても、犬だな」
磯田はちからまかせに犬の襟もとをつかみ、唸るのも関係なく、強引にもちあげた。
すると、どうだろうか見る見るうちに犬の形状が変形していくのである。
四肢は体内へと埋まり、分泌液を垂らすだけの頭部は皮を剥ぎながら裏返ると、まるで、バズーカ砲のような大筒になっていた。
「いつもは手を焼かせてくれるビーストどもだが、いざ手中にあると、これほど便利なものはねえや。手下のひとりやふたり、犠牲にして捕獲しただけの価値はあるだろうぜ」
戦地に立つ兵士が恐れたものは幾つかある。
そのひとつがビーストだ。
普段、我々人間の癒しにもなり、またある者にとっては家族にもなる動物たち。
だが、戦時中に必要なのは癒しなどという甘い現実逃避ではなかった。
如何にして、敵を屠るか。
これのみに焦点が当てられ、戦力とされたのが、動物兵器ビースト。
戦火の拡大とともに、数多の動物たちが改造手術を受け、自立機動兵器として、敵兵を屠り、撃ち、猛威をふるった。
世界が終焉したのちも、未だに本能のまま人間を襲いつづける動物たちの姿はまさに、野獣である。
が、機械技師によって改造されたセントバーナード型のビーストは、その牙を奪われ、磯田の五指で自在に操られる玩具と化したのだ。
楽しげにバズーカ砲の引き金をひくと、轟音とともに、ロケット弾が射出された。
89ミリのスーパーバズーカの弾よりもさらに長く、100ミリはある。
空気を振動させながら、まっすぐな軌道を描き、堅牢な扉へと直撃した。
衝撃波とともに爆炎が巻き起こると、炎に呑み込まれそうになるので身を庇う者もいた。
しかし、
派手な演出のわりに、期待できるだけの効果は得られなかった。
扉は無傷である。
確認されるのと同時に、磯田の巨手が、隣で唖然としているだけの手下の胴を薙いでいた。
「てめえら、なにちんたらしとんじゃ! さっさと下崎を呼んでこねえか。 いま、すぐにだ!」
怒号が空間を包むと、顔面蒼白になった手下どもはライオンに睨まれた鹿の群れみたいに、地上へ飛びだそうとする。
そのとき。
沈黙を通していた扉が、音を立てながら開きはじめたのである。
その場にいる全員が扉にふり返っていた。
なにが出てくるのか。
…
磯田は目を凝らした。
開いた扉のちょうど中央、薄闇のなか、宙に少女を模した人形が浮いていたのである。
己の意志を感じさせるように、ビーズで加工されたまっ黒な瞳を【死魔王】の連中に向けていた。
しかも、ふわふわと空中移動しながら近づいてくるのである。
が、
つぎの瞬間、弾丸の嵐によって粉々となり、燃え上がる綿は地面に落ちた。
バルカン砲の回転音が止むと、めずらしく磯田の顔色が青くなっていた。
山田からの報告は聞いていた。
が、
役立たずの戯言程度に聞き流していたのは事実。
脳裏にふたたび、過去の悪夢が姿を見せていた。
「ええい、いくぞ!」
それでも、心配ごとを手下どもに悟られまいと、怒号を発し、シェルター内へと侵入していくのであった。
数百坪はあるだろうか。
億万長者がプライベイト用につくったものらしく、ホテルのエントランスホールみたいな空間がひろがり、枝分かれした通路向こうには住居用の部屋が幾つかある。
多人数の収容と生活を可能としていた。
しかし、どうしたことだろうか。
人影が見当たらない。
そのとき。
悲鳴があがった。
のどに痰が絡まったような汚い悲鳴である。
磯田とそれにつづく数名の手下どもが、悲鳴の発信源に赴くと、男、これも磯田の手下なのだが、暴走族らしからぬ弱々しさで尻もちをつき、唇を痙攣させながらわなないていた。
ぷるぷる小刻みするひとさし指は、ひとつの骸を示している。
ただの骸程度なら見慣れているはずの、この野蛮極まりない連中が揃って顔をまっ青にするのには訳があった。
体内に巡る水分という水分が蒸発でもしたのか、骸は黒々となり、枯れ果てた一本木みたいに横たわっているのである。
それも一体ではない。
この空間にいたであろう人間の数だけ、ミイラが転がっていた。
そこには佐藤と山田が慰み者にしようと目をつけた女の姿もあったが、もはやそうと気づく者はいなかった。
銃器で武装している骸もあり、弾痕が所々に刻まれているのを見ると、戦闘がおこなわれていたらしいのは間違いない。
「こりゃ、いったいどうゆうこった」
磯田の懸念はますますつよくなっていた。
かつて、幾多の戦場で生き残ってきた百戦錬磨の剛勇であるこの男が、鋭い警戒心を周囲に張り巡らせているのだ。
その巨体に似合わない鋭敏な包囲網に反応があった。
「そいつだ!」
が、怒号とほぼ同時、敵が動いていた。
地べたのマリオネットが、人形使いの糸に吊されるよう、急な勢いで骸が飛び跳ねたのだ。
それも、一体ではない。
二体、三体、四体…
目で追えぬうち、その場に散乱していたすべての骸が起きあがる。
空気が凍りつき、だれひとりとして、なんらかの反応を見せる者はいなかった。
しかし、手下のひとりが額を撃ち抜かれると、時間がふたたび動き出す。
が、もう遅い。
敵の銃口から火が噴いていた。
突然の襲撃。
手下たちは慌てふためきながら、呆気なく地にたおれていくが、磯田だけは冷静であった。
手下ふたりを鷲づかみ盾代わりにすると、弾丸の嵐を避けながら出口向かって後退していく。
彼は見た。
襲撃してきているのは、骸ではない。
ひとの手から主導権を奪ったように短機関銃だけが宙を浮き、骸はそれにつき従っているだけに過ぎなかったのを。
そして、その向こう、骸のバリケードを越えた先に、黒外套を着た男が立っていたのだ。
数年も前、戦場で見た悪夢と、いまこのときの現実が重なりあうのを、磯田は感じていた。
「また、おれの邪魔をするか、怪物どもめ!」
100ミリ・ロケット弾によって、骸のバリケードは爆炎とともに消し飛んでいた。
それを機に、磯田は地上へと駆けていくのであった。
磯田和馬はその巨体をずんずん鳴らしながら、地下への階段を下りると、すでに待機していた数名の手下どもの前に姿を見せた。
肩からはバルカン砲を吊り下げ、全身にはボディアーマーを着用している。
ひとりで戦火の渦へと飛び込んでいきそうな出で立ちだが、大袈裟ではない。
外に出れば、人間以外にも敵はいるのだから。
「こんなところにシェルターがあったなんてな。電源が生きているのか。つまり、内部には人間がいるってことだ」
政府がどれくらいの規模の戦火を予測し、地下に幾百ものシェルターを設備したかは不明だが、それら過去の産物が、この時代で生きる人々の役に立っているのは間違いない。
堅牢なつくりのエアロックされた扉は沈黙している。
内部からでなければ鍵を閉めることのできないつくりだ。
磯田は味方を左右にどけ、バルカン砲を回転させた。
破壊的な金属音を鳴らしながら一秒間に百発以上を吐きだす薬莢は、見る見るうち蟻塚のような小山を築いていく。
もうもうと漂う煙が、地上から吹き込んでくる一陣の風によって霧散した。
扉は無傷であった。
「くそ! 下崎がいればな」
磯田の舌打ちが地下に響くと、手下のひとりが遠慮がちに提案する。
「い、いまから呼んできましょうか」
云いはするが、本心では外にいきたいなどとは思わない。
一度、外出すれば無事でいられる保証がないからだ。
黒外套の男を捜し、こうしてここへやってこられたのも訓練された人間がグループ行動したからであろう。
それでもほんの数パーセント、生存率が高くなったに過ぎないのである。
だが、それよりも磯田の不機嫌面のほうが手下どもにとっては脅威だったわけだ。
しかし、磯田はまだ上機嫌である。
「ふん、無用だ。それより、おい、あれを連れて来い」
云われ、手下が急いで階段を駆けあがり、またもどってくると、今度は側に犬が一匹ついてきていた。
セントバーナードは舌から多量の分泌液を垂れ流し、はぁ、はぁ、息を漏らしていた。
「どこからどう見ても、犬だな」
磯田はちからまかせに犬の襟もとをつかみ、唸るのも関係なく、強引にもちあげた。
すると、どうだろうか見る見るうちに犬の形状が変形していくのである。
四肢は体内へと埋まり、分泌液を垂らすだけの頭部は皮を剥ぎながら裏返ると、まるで、バズーカ砲のような大筒になっていた。
「いつもは手を焼かせてくれるビーストどもだが、いざ手中にあると、これほど便利なものはねえや。手下のひとりやふたり、犠牲にして捕獲しただけの価値はあるだろうぜ」
戦地に立つ兵士が恐れたものは幾つかある。
そのひとつがビーストだ。
普段、我々人間の癒しにもなり、またある者にとっては家族にもなる動物たち。
だが、戦時中に必要なのは癒しなどという甘い現実逃避ではなかった。
如何にして、敵を屠るか。
これのみに焦点が当てられ、戦力とされたのが、動物兵器ビースト。
戦火の拡大とともに、数多の動物たちが改造手術を受け、自立機動兵器として、敵兵を屠り、撃ち、猛威をふるった。
世界が終焉したのちも、未だに本能のまま人間を襲いつづける動物たちの姿はまさに、野獣である。
が、機械技師によって改造されたセントバーナード型のビーストは、その牙を奪われ、磯田の五指で自在に操られる玩具と化したのだ。
楽しげにバズーカ砲の引き金をひくと、轟音とともに、ロケット弾が射出された。
89ミリのスーパーバズーカの弾よりもさらに長く、100ミリはある。
空気を振動させながら、まっすぐな軌道を描き、堅牢な扉へと直撃した。
衝撃波とともに爆炎が巻き起こると、炎に呑み込まれそうになるので身を庇う者もいた。
しかし、
派手な演出のわりに、期待できるだけの効果は得られなかった。
扉は無傷である。
確認されるのと同時に、磯田の巨手が、隣で唖然としているだけの手下の胴を薙いでいた。
「てめえら、なにちんたらしとんじゃ! さっさと下崎を呼んでこねえか。 いま、すぐにだ!」
怒号が空間を包むと、顔面蒼白になった手下どもはライオンに睨まれた鹿の群れみたいに、地上へ飛びだそうとする。
そのとき。
沈黙を通していた扉が、音を立てながら開きはじめたのである。
その場にいる全員が扉にふり返っていた。
なにが出てくるのか。
…
磯田は目を凝らした。
開いた扉のちょうど中央、薄闇のなか、宙に少女を模した人形が浮いていたのである。
己の意志を感じさせるように、ビーズで加工されたまっ黒な瞳を【死魔王】の連中に向けていた。
しかも、ふわふわと空中移動しながら近づいてくるのである。
が、
つぎの瞬間、弾丸の嵐によって粉々となり、燃え上がる綿は地面に落ちた。
バルカン砲の回転音が止むと、めずらしく磯田の顔色が青くなっていた。
山田からの報告は聞いていた。
が、
役立たずの戯言程度に聞き流していたのは事実。
脳裏にふたたび、過去の悪夢が姿を見せていた。
「ええい、いくぞ!」
それでも、心配ごとを手下どもに悟られまいと、怒号を発し、シェルター内へと侵入していくのであった。
数百坪はあるだろうか。
億万長者がプライベイト用につくったものらしく、ホテルのエントランスホールみたいな空間がひろがり、枝分かれした通路向こうには住居用の部屋が幾つかある。
多人数の収容と生活を可能としていた。
しかし、どうしたことだろうか。
人影が見当たらない。
そのとき。
悲鳴があがった。
のどに痰が絡まったような汚い悲鳴である。
磯田とそれにつづく数名の手下どもが、悲鳴の発信源に赴くと、男、これも磯田の手下なのだが、暴走族らしからぬ弱々しさで尻もちをつき、唇を痙攣させながらわなないていた。
ぷるぷる小刻みするひとさし指は、ひとつの骸を示している。
ただの骸程度なら見慣れているはずの、この野蛮極まりない連中が揃って顔をまっ青にするのには訳があった。
体内に巡る水分という水分が蒸発でもしたのか、骸は黒々となり、枯れ果てた一本木みたいに横たわっているのである。
それも一体ではない。
この空間にいたであろう人間の数だけ、ミイラが転がっていた。
そこには佐藤と山田が慰み者にしようと目をつけた女の姿もあったが、もはやそうと気づく者はいなかった。
銃器で武装している骸もあり、弾痕が所々に刻まれているのを見ると、戦闘がおこなわれていたらしいのは間違いない。
「こりゃ、いったいどうゆうこった」
磯田の懸念はますますつよくなっていた。
かつて、幾多の戦場で生き残ってきた百戦錬磨の剛勇であるこの男が、鋭い警戒心を周囲に張り巡らせているのだ。
その巨体に似合わない鋭敏な包囲網に反応があった。
「そいつだ!」
が、怒号とほぼ同時、敵が動いていた。
地べたのマリオネットが、人形使いの糸に吊されるよう、急な勢いで骸が飛び跳ねたのだ。
それも、一体ではない。
二体、三体、四体…
目で追えぬうち、その場に散乱していたすべての骸が起きあがる。
空気が凍りつき、だれひとりとして、なんらかの反応を見せる者はいなかった。
しかし、手下のひとりが額を撃ち抜かれると、時間がふたたび動き出す。
が、もう遅い。
敵の銃口から火が噴いていた。
突然の襲撃。
手下たちは慌てふためきながら、呆気なく地にたおれていくが、磯田だけは冷静であった。
手下ふたりを鷲づかみ盾代わりにすると、弾丸の嵐を避けながら出口向かって後退していく。
彼は見た。
襲撃してきているのは、骸ではない。
ひとの手から主導権を奪ったように短機関銃だけが宙を浮き、骸はそれにつき従っているだけに過ぎなかったのを。
そして、その向こう、骸のバリケードを越えた先に、黒外套を着た男が立っていたのだ。
数年も前、戦場で見た悪夢と、いまこのときの現実が重なりあうのを、磯田は感じていた。
「また、おれの邪魔をするか、怪物どもめ!」
100ミリ・ロケット弾によって、骸のバリケードは爆炎とともに消し飛んでいた。
それを機に、磯田は地上へと駆けていくのであった。