第4話 メイ探偵、登場

文字数 2,127文字

家頭(ホームズ)? ええっと、なんだっけ」ホームズと言われても、なごみにはピンとこなかった。「美羽ちゃんたち、知ってる?」
 美羽たちも首を横に振る。
「あなたたち、名探偵シャーロック・ホームズを知らないの? マジで?」
 家頭メイは少しムッとしているようだ。
「ああ、海外のドラマで観たことあるあれかな。主役の俳優さんがかっこいいのよね。それが家頭さんと何か繋がりがあるの?」
 やっとなごみは少しだけ思い出した。
「あのねえ……」家頭メイが小さくため息をついた。「ドラマは何年か前のものでしょ? シャーロック・ホームズは、イギリスの作家コナン・ドイルが書いた世界で一番有名な探偵小説の主人公なのよね」
「へえ。探偵小説って読んだことないけど、そのホームズさんと家頭さんに何か繋がりがあるの? それにホームズさんって小説の登場人物なんでしょ?」
 なごみは最近はライトノベルにどっぷりとハマっていて、探偵小説のシャーロック・ホームズがというものがどういう物語なのか知らないのだ。

「確かに、小説のシャーロック・ホームズは創作された人物よ。だけど、実は作者のコナン・ドイルの知り合いにベル博士というお医者さんがいて、シャーロック・ホームズはその人がモデルだと言われているの。とても有名なお話よ」
 メイが椅子から立ち上がり、店内をコツコツと歩き始めた。彼女の一人語りは続く。
「うちのお爺ちゃんは、イギリス人とのクォーターで、ホームズのモデルだったベル博士のお孫さんのお嫁さんと友達だった。第二次世界大戦の後、イギリスと戦火を交えた日本人の血を引くお爺ちゃんは、仕事を貰えずイギリスに居づらくなり、そのお婆ちゃんにあたる人の祖国である日本に命からがら渡ってきた。やがて帰化が認められたときにホームズを意味する家頭を名乗ることにしたの。つまり、我が家頭家は名探偵シャーロック・ホームズとは切っても切れない深い関係にあるのよ」
 ふん、と鼻を上に突き出すようにメイが得意げに言う。
「ちょっと待って、ちょっと待って。ええっと、つまりあなたのお祖父様はシャーロック・ホームズのモデルであるベル博士のお嫁さんの—— なんだっけ」
 ああ、頭が混乱する。
「違うわよ。シャーロック・ホームズのモデルのベル博士のお孫さんのお嫁さんの友達よ。鈍いわねえ」
「に、鈍いって何よ。ややこしいからもういいわ。頭が痛くなる」
 なごみは、テーブルの上の水をクイっと一気に飲み干した。
 その様子を見て、メイがニヤリと笑った。
「つまり、家頭家が今、日本で探偵事務所をやっているのは、そういうわけなのよ。そこへワトソンが誘き寄せられるように現れた。これはもう偶然じゃない、必然。お分かり?」
「ワトソン? 誰のこと?」
「あなたに決まってるでしょ、委員長」
「なんで私が、その、ワトソンなのよ」
「だって、シャーロック・ホームズに助手のワトソンがいるのは当たり前じゃない。そしてあなたの名前、村都和を逆さまに書いて読んでごらんなさい」
「村都和を逆さまに……」
 なごみは手帳を取り出し、自分の名前を逆さまに書いた。
 ええっと、逆さまに読むと、わとそん……
「馬鹿らしい! こんなのただのダジャレじゃないの」
 なごみは思わず手帳をテーブルに放り投げた。書いて損した!
「あらまあ、さすがワトソン。やっぱり感が鈍いのね。そんなことだから、学級委員長なのにお財布事件ひとつ解決できないのよ」
 ふふん、とメイが笑う。なごみはさすがにカチンときた。
「あら、ずいぶんね。じゃあ、そこまで言うあなたには、犯人はもちろんわかってるってことでしょうね」
 何、この子。簡単にわかるわけないじゃない。
「もちろんよ。あんなの一目瞭然じゃないの。それに上田先生も先生ね。あれは窃盗事件なんかじゃないのに、クラス全員が容疑者だとか妙に張り切っちゃって。もうお腹を抱えて笑うしかないわ」
 そう言うと、メイはなぜか美羽を見て「ねえ?」と同意を求めた。
 その瞬間、ガタッと音を立てて慌てるように美羽が席から立ち上がった。
「わ、私は何も知らないよ。本当に何も知らないから。ごめん、塾の時間だから先に出るね」
 美羽はそう言うと、テーブルに自分の分のお代を置いてカバンを抱えて振り向きもせずに店を出て行き、なごみは呆然とその背中を見送った。

「美羽、どうしちゃったんだろ」
 なごみが誰ともなくつぶやくと、円香が突然「あっ、思い出した!」と声を上げた。
「円香、何か知ってるの?」
 なごみが慌てて聞く。
「夏目漱石よ!」
「えっ、夏目漱石?」
「そうよ、夏目漱石の『吾輩は猫である』と同じなの。ベル博士のお孫さんのお嫁さんのお友達ってフレーズが」
 ははっ、ちょっと円香ちゃん、今そこ……?

「それにしても、窃盗事件って物騒な話だな。なあ、明智君」
 3人の話を聞いていたメイの父であるマスターがそう言った。
「そうですね。ちょっと聞き捨てならないかな」
 マスターから声をかけられた喫茶店の奥のテーブルにいた男性が、のっそりと近づいてきたのだった。やたらと背の高い若い人だった。
「警視庁の明智です。その話、もう少し詳しく聞かせてもらえないかな」
 そう言うと、彼はポケットから手帳を取り出したのだった。
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