第1話

文字数 768文字

 繁華街を出て、交差点を渡りかけた。前を歩いている女が「何か聞こえたね。また一つ」と言って、横の男に首を向け、問い詰めるような表現をした。男は「俺じゃないよ。近かったけれど」と応じた。私は聴かれてしまったかと心の中で反省した。便が出ないので便秘の3日目、今朝、出かける前に二錠多く飲んできた。何時も寄っているコーヒショップで多い目に水分を取って、店を出たが、歩いている内に、お腹が張ってきた。醗酵したガスがお腹に溜まり始めていた。交差点で時間待ちをしている間は良かったが、青信号になり、足を踏み出した途端、腹部に刺激を与えたのだろう。ガスが自然にプープーと出てしまった。これを前を歩いていた男女が聞いてしまった。昔から出物、腫れものところかまわずというから、私も知らぬふりして交差点を渡り切った。
 通販で買った衣類の支払いのためにコンビニ店に入った。レジーで振込用紙と現金を渡す際、百円玉が一個、封筒から落下した。すかさずコインを拾うために俯いた瞬間、肛門の辺りに液状の触感を感じた。しまった、やらかしたと思ったが、遅かったというより、どうしようもない生理現象であった。極力、平静を保って、女店員が受領印を押してくれるまで恥ずかしさのあまり顔に血が上ってくるようであった。店の奥にトイレがあるのは分かっていたから、女店員が便の匂いを嗅いだかもしれないと思うと、どうにも動揺が止まらない。それでも、始末を付けなければならない思いから、棚にあった除菌ウエットチッシュを探し、レジ袋も付けてもらってトイレに直行した。
 後始末の細部まで書くこともないだろうが、案外と冷静に処理をすませると、人間の意識はしっかりしてくるものだ。問題は夕方まで、こうした状況が続けばどうなるのだろうかという不安が、次の不安となって私を突き上げててくることであった。
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