娯楽としての自殺に関する一考察

文字数 2,332文字

「ねー、あやかー。今日、これからどうする?」
 放課後、友人のゆり子がそう声をかけてきた。
「暇だったら、これからわたしたちと死にに行かない? 真由が彼氏の友達連れてきてくれるっていうからさ」
「うーん、パス」
「えー、なんでよ」
「今日は集団自殺、って気分じゃないの。一人で静かに死にたい気分、ってゆーか」
「はいはい、分かりましたよ。こーの文学少女」
「ごめんね」
「いいっていいって」
 わたしが手を合わせると、ゆり子は笑いながらぱたぱたと手を振った。
「にしても、困ったなぁ。向こうは三人で来るって言うから、数合わせないと。好美でも誘うかー」
「好美はもう帰ったよ。今日は父親と一緒に死ぬんだって」
「あーのファザコンめ」
「わたしはうらやましいけどな。親子仲が良くて」
「この年になって父親と心中しようなんて、立派なファザコンだって」
「それはそうかもね」
 わたしは曖昧に笑みを浮かべ、
「じゃ、そろそろ、わたし帰るね」
「はいよ。じゃ、また明日ー」
 ゆり子と別れ、教室を後にする。学校を出るまでに、二、三人、死んでいた。校則で学校内での自殺は禁止されてるのに。後で、思いっきり怒られるぞー。
 学校を出たわたしは、とりあえず自宅に向かう。寄り道しての自殺も校則で禁止されているので、いったん家に帰ってから死ぬつもりだった。
 家に帰る途中の道にも、そこかしこに死体が転がっていた。ジャージ姿の青年、主婦らしき女性が数人、赤ん坊と一緒に死んでる若い女性もいる。
 死体を踏まないようにして帰宅。
「ただいまー」
 玄関のドアを開けて中に入ると、台所で母親が首を吊っているのが見えた。テーブルの上に書き置きがある。
『今日の夕食はシチューです。お鍋に入っているので、温めて食べてね。炊飯器のタイマーは午後七時にセットしてあります。母より』
「はーい、分かりました」
 母には聞こえていないことを承知で言う。
 階段を上がって二階の自室で私服に着替えた。
「じゃ、行ってきまーす」
 家を出ると、わたしは適当に辺りを散策した。
 さて、今日はどう死のう。
 とりあえず駅の方に向かってみる。途中で、全身が赤黒くなって死んでいる男を見かけた。あまり見たことのない死に方だ。急性アルコール中毒でもないみたいだし……。
 興味を抱いて、近くで観察してみた。
 男の手には一升瓶。臭いをかいでみると、どうやら醤油らしい。
「醤油の一気飲みかー。みんな、いろいろ考えるなぁ」
 今度、わたしも試してみよう。
 そう思いつつ、再び歩き出す。
 駅に着くと、どうやら電車は止まっているようだった。
 飛び込み自殺かな、と思ったが、どうやら運転手が仕事中に自殺したらしい。仕事中は自殺しないように、と法律で決まってたはずだけど、我慢しきれなかったんだろう。でも、これで懲戒免職になっちゃうだろうなぁ。また自殺反対派の人たちが、自殺禁止なんて前時代的な主張を強めないといいけど。
 そんな心配をしながら、駅の近くのドラッグストアへ。今日は薬で死ぬことに決めた。
「すみませーん。ヤスラカニシネールが欲しいんですけど」
「十箱入りのお徳用サイズがありますけど」
「いえ、一箱でいいです」
 うさんくさいほどにこやかな店員の勧めを断り、薬を購入する。
 さて、あとはどこで死ぬか、だけど。
「美術館にでも行こうかな」
 そう思い立って、駅の近くの美術館へ。
 適当に絵を見て回った後、一番奥にあるひときわ大きな絵の前で薬を飲む。すぐに眠気が襲ってきた。身体に力が入らない。心臓の鼓動が、少しずつ小さくなっていくのを感じる。
「パト○ッシュ、僕はもう疲れたよ」
 なんとなく、そんなことをつぶやいてみたり。
 視野が狭くなってきた。全ての音が遠ざかっていく。それらを楽しみながら、わたしは死んだ。


 目を覚ますと、白い部屋の白いベッドに寝かされていた。何度も来たことがある再生病院。
「あれ、あやかじゃん」
 隣で声がしたのでそちらを見ると、ゆり子が同じようなベッドに寝かされていた。
「ゆり子」
 半身を起こす。
「今日はどんな死に方をしたの?」
「溺死よ、溺死。男の子たちと一緒に湖にダイブ。気持ち良かったー」
「溺死かぁ」
 これからの季節はたしかに気持ちいいかもしれない。
「でも、なんか顔がむくんでる気がするのよね。大丈夫? 変じゃない?」
「いつもむくんでるから分からない」
「言ったな」
 ゆり子も起き上がり、こちらを小突いてくる。
「そういうあやかは、どうやって死んだのさ」
「わたしは美術館で薬を飲んだの」
「はー、相変わらずそういう綺麗な死に方が好きよね、あやかって」
「別に、そういうわけじゃないけど……」
「ま、いいわ。それよりさ」
 ゆり子はちょっと声を潜め、
「明日は一緒に死のうよ」
「うーん」
「ね、たまにはさ。あやかに会いたいって男の子がいるのよ」
「男の子、ねぇ」
 今は正直、彼氏とかどうでもいい。心中となると、嗜好の違いとか、いろいろめんどくさいし。
「ねね、会ってみるだけでも」
「分かったわよ」
 ゆり子がなおも言い募ってくるので、わたしは折れることにした。
「で、どうやって死ぬ?」
「久々に飛び下りなんてどう?」
「いいわね」
 薬での安らかな死もいいが、飛び下りの時の激痛はくせになる。
「じゃ、明日の放課後」
「了解」
 そう言って笑い合うと、わたしたちはベッドから降り、病室の外へ出た。廊下は血まみれ。リストカットしたらしい看護婦が血だまりの中に倒れ込んでいたが、わたしたちは見向きもせず、談笑しながらその場を後にした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み