血みどろガール・ミーツ・ガールプラスアルファ
文字数 4,191文字
そんな、馬鹿な。
わたしは思わず呟いた。辺りには血と肉と臓物の臭いが充満している。廊下といわず教室といわず、あたりは屍体だらけだった。
「そんな、馬鹿な。こんな失敗があるなんて」
うまくいった――というのが正直な感想でしかなかった。そもそもわたしが天才なのがはじまりだった。小さいころに金曜ロードショーで観た「ホーム・アローン」とか「ランボー」とかが、あまりにも面白すぎた。あれと同じことをやってみたいと、どれだけ夢見たことか。わたしは夢見たことを過不足なく実現できるだけの天才だった。虎布高校にいる全校生徒と全教員、全職員を、わたしは皆殺しにした。仕掛けたブービートラップによって。
まず一人目、一年三組の
「なのに映像記録を忘れるなんて――!
わたしは天才だ。ブービートラップに関してはまぎれもなく天才だ。けれど、うっかり屋なのが珠に瑕だった。ころころころころと面白いように次々死んでいくみんなを観るのは大変愉快だったけれど、せめて残りのお年玉でビデオカメラを数台購入しておくべきだった。こんな機会は一生ないだろう。ブービートラップ専門の特殊部隊とかに入るべきだろうか、特殊部隊っていうと軍?自衛隊?訓練とか超ダルそうで嫌なんだけどどうしよう。
「でも超楽しかった――!」
「わかるわかる」
「でしょ? ……いやあんた誰」
「一年二組、
突然わたしの楽しみに水を差した闖入者は、ボブカットを揺らしてバナナを一房まるごと勧めてきた。いやいやいや。
「なんで生きてんの……?」
「そりゃ、あたしがトラップ避けの天才だからだよ」
あんたがトラップ仕掛ける天才なのと同じようにね、と言って境はわたしの隣に座って勝手にバナナを食べ始めた。
「どうやって避けたの?」
「バック転とかで。いやー、器械体操やっててよかった。あ、知らなかった? あたし体操部」
「ええ……トム・クルーズかよ……」
「トムじゃない。境。バナナ食べる?」
「どっちかというとクルーズを訂正すべきだと思うよ。あとわたし、バナナアレルギー」
「じゃあなんでバナナの皮を置いたわけ?」
「お約束かなって……皮だけ購買のごみ箱から持ってきた」
今も「そんな馬鹿な」と言いたかった。あのトラップを全部掻い潜る猛者が同じ学校にいるとか普通思わなくない?シルベスタ・スタローンとトム・クルーズが同じ学校にいるくらいの確率じゃん。夢の共演じゃん。全米が泣いちゃうやつじゃん。あれでもスタローンっていくつだっけ。もうだいぶおじいちゃんだったはずだし、シュワルツェネッガーと一緒に入院してた気がする。トム・クルーズはまだ比較的若いと思う、このまえ主演映画やってたし。
「あっはっは。じゃあ無理して食べなくていいよ。んで、なんで?」
「なんでってバナナアレルギー」
「そうじゃないって!」
あーもう鈍いコだなー、と境はわたしの頭をぐしゃぐしゃ撫でた。そういえばこの子、誰にでもこんな感じだった気がする。わたしはクラスでも目立たない方で、席替えではいつも真ん中の一番後ろの席を希望していた。窓際の後ろと違って人の行き来があるからそんなに人気が高くないし、わたしは視力が両目二.〇だし、クラスの構造を把握するのにうってつけだった。その席でたまにプリントなんかを回したり、後ろの席の子と話している境と目が合った。その度に、境は今みたいににっかりと笑いかけてきて、なんとも居心地の悪い思いをしたんだった。わたしたち、ついでにバナナと弓矢が死因で全てのトラップの引き金を引いた少し太めの阿部光江――よく飴とかお菓子を頼んでもないのにくれた子だった――この三人が所属していた一年三組も今は死体だらけのぐっちゃぐちゃだけれど。
「なんでこんなことしたのって訊いてんの。どうしてよ。これ捕まったら間違いなく死刑じゃんよ」
昼食代わりのつもりだったのかバナナ一房をぺろりと食べ終えて(一房はさすがに多くはないだろうかとちょっと心配になった)、一リットルパックの牛乳をストローも使わずぐいぐい飲みながら境はわたしに問う。なんでって、そんな。
「やりたかったから」
わたしはそれだけ答えて、自分用の祝杯として用意していたブラックコーヒーに口をつけた。近所の、ちょっとお高いコーヒーショップで、登校時に買ってきたもの。アイスにしたら氷で薄まるからホットを選んだけれど、当然ながらぬるくてにがい。
「そっか、そっか」
境は満足げに頷いて、次の瞬間――わたしをその場から突き飛ばした。
え、と言う暇もなく、さっきまでわたしのいた場所を銀色に光るなにかが通過した。あれ?なにこれ包丁じゃん。刺さったら死ぬやつだよ?なんでこんなもんがここにあるの?あ、そうか家庭科室とかから取ってきたのかな。もしくは――
「お、お、お前かこの野郎! お前が作った落とし穴で死ぬところだったんだからな!」
そっかわたし、百円均一ショップで購入した包丁を大量に設置した落とし穴作ったんだった。そこから生きて出られる奴いたんだ、運がいいなこいつ。運がいいついでにどうやらわたしを刺し殺すつもりらしい、見覚えのある男子生徒。ええと確か、多分同じクラスの――
「うるっさいわクソボケ。デートの邪魔すんなっつーの」
「ぶみゅ」
名前を思い出す前に、境がその男子(本名不詳)に後ろからどんっ、とぶつかる。男子(本名不詳)は前のめりに倒れて、そこにはわたしが色々な百円均一ショップで一つずつ、数か月かけて購入した包丁のうちの一本――それが深々と、柄以外の部分を埋め込まれていた。境はその柄を力をこめて握ると、ぐりっと捻る。びぐん、と彼は――同じクラスの、確か野球部、名前がどうしても思い出せない――彼は、大きく痙攣して、しばらくかひゅー、とかかかっ、とかそういうおかしな呼吸音を発しながらびくびく動いたあと、止まった。
「おー。死んだ死んだ」
境はさっきまでと変わらない調子で包丁を投げ捨てて、中身のこぼれた牛乳パックを拾い上げた。血液と牛乳が混ざって変なマーブル模様を作っていた。わずかに残った中身を飲み干して、さっきまでと変わらない調子でにかっと笑う。
「怪我ない?」
「ないけど、なんで殺したの?」
動揺はなかった。刺されかけたのはびっくりしたし「やりのこし」はいずれ処理しないとならないから手間が省けたのはありがたかったけど、境が彼を殺す理由がよくわからなかった。
「あれ? 言ってなかったっけ。あたし、あんたが好きなの」
好きな子が殺されかけたらそりゃ相手殺すでしょ、と境はちょっと離れた位置に座りなおした。おいで、とわたしを手招きする。
わたしは、それに従った。境の両手がわたしをくるむ。女の子の汗とデオドラントスプレーのにおいがした。死体の横で抱き合うとかわりと地獄行き確定事項かなあなんて思いながら、頬をすべるなめらかな指に導かれるまま、彼女と唇を重ねた。
だってわたしはトラップの天才で、彼女はトラップ避けの天才で、わたしたち以外はみんな死んでいて。――もうこんなの、恋に落ちる以外どうしろっていうんだ。
「ん……」
境のぬめった舌が口の中に入ってくる。甘いな、なんだろう、牛乳ってこんなに甘かったっけ。それとも境だからこうなんだろうか――。
異変は、しばらくしてからやってきた。
「和名木。あんた、どうしたの。首とか」
「え――何だろ。赤い、ていうか、痒い……あれ、か、はっ」
唐突に、本当に唐突に息が詰まる。酸素が届かなくなって、目の前の境がぐらぐら揺らぎはじめる。まさか、これって――
「そういえばあんた、バナナアレルギーって――」
そうだ。わたしは重度のバナナアレルギーだ。だからトラップの鍵になるバナナの皮を入手するのに、ゴミ箱から拝借しないとならなかった。わたしを呼ぶ境の声が遠く聞こえる。意識が、遠くなる。……わたしこのまま死ぬんだろうか。だとしたら、とんだ笑い話だ。こんな因果応報があるだろうか。ごめんね阿部。わたし、あんたがくれるお菓子が好きだったから最初に殺したんだよ。ああ、そういえば証拠隠滅のために仕掛けた爆弾は――
「そんな、バナナ――」
わたしの意識は、そこで途絶えた。
……次のニュースです。××県武備市虎布高校の爆発事件についてです、警察はテロの可能性も視野に入れて捜査を――
なお、女子生徒が二人、未だ発見されておらず、情報提供を呼びかけ――
「……まだ探されてるねあたしたち。どうする?」
「そうだね。世界の果てまで逃げようか」
「それとも、誰も考え付かないような悪巧みでもしちゃう?」
雑踏の真ん中で、わたしたちは手を繋いで、くすくす笑いあった。
決まりごとはひとつだけ。どんなに悪いことをしてもいい、誰を殺したっていい。けど、もう二度と、罠にバナナは使わない。