第1話  敗戦の日そして新たな季節

文字数 5,283文字

敗戦の日

満開の桜を2人で見上げた丘に今1人で立っている。
僕は一束の美由紀の髪を手に約束を果たしに来た。丘とそこから見える風景は美由紀と来た時とは全く違うものになっていた。あの時見た光景はもうなかった。丘から見える市街満地にはわずかにコンクリート造りの建物がいくつか残るだけで、草も木もなく橋さえ橋脚だけになって色のない世界が広がっていた。薄桃色のさくらの花びらが時折舞い散る中、満開の桜を2人で見上げた時のことを思いながら、今はもう見る影もない丘の焼け落ちた木の下に美由紀の髪を埋めた。乾いた地面に落ちた涙が、灰色の土の上に落ちて黒いしみとなっていった。

美由紀は母が僕の伴侶として選んだ娘だった。軍人だった父が亡くなって、母は父の両親と暮らしながら、僕を育ててくれた。やがて、祖父母もなくなり僕と2人になった家はそれまでと違ってとても広く感じられ、母と僕の2人は持て余していた。その頃には、周りの青年たちが赤紙をもらい次々と戦場に行き、そして多くは英霊として帰っていた。女達は夫や息子を無くしても英霊の妻、母として毅然として振る舞い、人前で泣くことは許されない。戦闘服代わりの割烹着に身を包んだ主婦たちは戦争に勝つためという名目で団結していた。夫や息子の死を嘆く姿を人に見せることを決して許さない婦人たちが発言力を持っていた時代だった。
僕は技術者として内地に勤務していたが、この頃は、成人男子の多くに赤紙が来ていた。それも若者だけでなく、時にはかなり年配の男性も戦争に行くようになっている。僕が戦地に行ったら母は1人でこの家を守るのだろうかと不安になっていた時、美由紀が現れた。美由紀は僕と2つ違いの2 1歳だった。美由紀の父は娘を未亡人にしたくなかったら縁談を断ってきたという。だが、青年の数は減っていたし、戦争はいつ終わるか分からなかったから、ついに娘を送り出すことにしたようだ。
初めて見た美由紀は明るい紫みの青の細かい柄のお召しを着ていた。地味な着物が白い肌を引き立てている。床の間に一枝だけ生けられている早咲きの梅の香りが華奢だが凛とした美由紀に似合っていた。その日、僕は美由紀の白い指先が寒さで桜貝のように薄紅色になっているのを見つめるばかりだった。
美由紀は華奢な見た目に反して良く働き、じっとしていることがなかった。口数は少なかったが、家族が3人になって、妙に広く感じた家も活気を取り戻していった。
母はとりわけ美由紀を気に入っていた。
僕は冗談のように「前世は本当の親子だったんじゃないか。」と言って2人を笑わせた。
美由紀は幼い頃、実母を亡くしていた。「お母さまができてうれしい。」と言っていたし、母は母で自分の若い頃の着物を美由紀のために縫い直したりして、「娘ができて楽しい。」と喜んでいた。
「このご時世だから、ろくなことも出来なくて、すまないねえ。」母は結婚披露宴として、限られた身内と隣近所の10人ほどを招待してささやかな宴をした。どうやって手に入れたか分からないが小さな鯛さえ食膳に載せられていた。茶碗蒸し、人参としいたけ、厚揚げなどの煮物、とうふを菊の花に見立てて作った菊花豆腐の吸物も準備されていた。人参と大根を細切りにした酢の物、紅白なますが彩りを添えていた。男達は少量ではあったが用意された酒を楽しんでいた。女達は薄く切った久しぶりの羊羹を少しずつ食べ楽し気に話をしている。ささやかだけれど母の気持ちのこもった宴だった。後は国民服の僕と一緒に黒に松竹梅、鶴亀の模様が入った着物姿の写真を撮っただけだった。
母は、美由紀の為にもっと盛大な宴をしたかったに違いない。そして埋め合わせをしたかったのだろう。たっぷり刺繍の入った贅沢な着物を着て外出できる状況ではなかったけれど、美由紀に仕立て直した着物を着せては嬉しそうにその姿を眺めていた。美由紀に仕立て直した着物は母の嫁入り道具の一つだったらしい。桜の花びらのような淡いのつややかな絹には菊や欄の模様が織りだされいる。その上に菊、牡丹、菖蒲など四季の様々な花が咲き乱れ、おしどりが染め抜かれていた。そしてところどころに色とりどりの絹糸や金糸で刺繍が施されていた。地味なお召を着た時も美しかったが、華やかで温かい薄紅色の着物も似合っていた。美由紀の美しい姿とそれを見つめる母の嬉しそうな顔は僕の心に刻まれている。
そんな楽しい日々も長くは続かなかった。ついに僕にも赤紙が来て僕は戦地に赴く事となった。いよいよ戦地に向かう朝、揃って僕を送り出してくれた。2人は門の前に立って、にこやかに手を振っている。僕も手を振った後、見送る母と美由紀を後にした。少しして振り返ると、母が美由紀の手にすがっていて、僕が振り返ったのに気づくと急に姿勢を正してにこやかに大きく手を振った。
僕は戦場に出るとすぐ左足を負傷し、本土に送り返されることになった。その時、はじめは情けなく、こうして生きたまま帰るのが許されるのかと恐ろしかった。名誉の戦死ではなく本土に生きて帰ることになったことが世間に許されると思えなかった。けれど、母や美由紀の事を考えるとどこかでほっとしていた。まわりが何と言おうが、不自由な左足でもなんとか、2人を養っていこうとそのことばかり考えるようになっていった。
負傷して帰宅した僕を迎えた時、母は「もう思い残すことはないねえ。」と笑顔を見せていたが、やがて、風邪をこじらしたと数日寝込んだ後帰らぬ人となる。ひどくあっけない最期だったが、苦しまずに眠るように亡くなったことが救いだった。
「お母さまは自分の命と引き換えにあなたが帰ってくるようにと神棚に毎日お願いされていたのです。」と母の葬儀を終え、2人きりになると美由紀は涙を落としながらつぶやいた。
戦争で多くの若者が死んでいく中、今年も春がめぐってきた。
僕たちは母の写真をもって、母が好きだった桜の咲く丘に行った。負傷した左足は以前の様に動くことはなかったが、杖を突く必要はなくなっていた。
桜は今年も薄紅色の花を咲かせている。
2人で満開の桜を見上げた時、美由紀は唐突に「赤ちゃんができたの。」と言った。
そして、桜を見上げながら
「お母さまも見ているいらっしゃるかしら。」と言葉を続けた。
急に風が吹いて白い花びらが舞い散った。降りそそいだ花びらの一枚が美由紀の手にしていた母の写真の上に落ちる。
僕は、「うん、うん。」としか言葉が出なかった。
そして、「坂道を上ってきたりして大丈夫かい。」などとおろおろして美由紀を笑わせた。
「病気ではないのだから、普通にしてていいのよ。」ふうと息を吐くと「私達がさみしくないようにお母さまが授けてくださった気がするの。」僕は「風が冷たくならないうちに帰ろう。」と名残惜しそうな美由紀をうながした。
帰り道、僕は美由紀の足元を気にしていた。「緩やかな坂道だから大丈夫よ。」と「手を引かれているところを人にみられたら、大変だわ。」
誰しも、明日の命が危ぶまれ、人目を気にしなければならない不自由な時代だった。
それでも、僕たちは戦地にいるのではないと思っていた。だから、美由紀が恥じらいながら告げた新たな生命が散り逝く桜の花のようにはかない命だとその時僕は思いもしなかった。
やがて暑い夏が来て、リトルボーイと名付けられた原子力爆弾が突然美由紀と子供の命を奪った。僕は美由紀との最期の約束を守るため変わり果てた思い出の丘に1人たたずんでいた。
新たな季節
丘の上に美由紀の髪が埋められて70年目の春、丘の近くにある家族が引っ越してきた。広島は戦前よりさらに大きな都市になって、あの丘も住宅地の中に取り込まれ、小さな公園になっている。引っ越してきたのは夫婦と、中学生の男の子と女の子の4人家族だった。
僕は4人が引っ越してきた日に2階の窓から楽し気な家族の様子をぼんやりと眺めていた。一人っ子の僕はにぎやかな一家の様子がうらやましかった。
少女は僕に気付いたようで、僕の方を見て会釈をした。見ていたことに気づかれ、僕はどぎまぎしながらやっと同じように会釈をすると慌てて、窓から離れた。これが僕とさくらの初対面だった。。
さくらとはじめて口をきいたのは高校入学の時だ。彼女の方から、僕に声をかけてくれた。僕は中学の頃からさくらが色白で華奢だが、くりくりした大きな瞳の笑顔がかわいい少女だと好感を持っていた。
当時の僕は、背は低く、声変わりの時期で、何に対しても自信がなく目立たない大人しい少年だった。
入学式の日だった。そんな僕にさくらは声をかけてくれた。
「岩倉君でしょう。私、中島さくら。よろしくね。」
僕はどぎまぎして、その時、「ああ、よろしく。」と小さな声で答えた。
その後で、「ああ、もうちょっとマシな答えができなかったか。」とさんざん後悔したものだった。
その頃から、僕は背が伸び始め、声もやや低いバリトンに変わっていった。さくらのことを意識し始めたからだろうか、何事も投げやりだった僕は、それなりにスポーツや勉学に励むようになっていった。
時折、誰かの視線を感じて振り返るといつもそこには笑顔のさくらがいた。
生来、何事もいい加減に受け流していた僕はその笑顔に励まされるように、スポーツに勉学にと努力するようになっていった。
2年になると、さくらは隣のクラスになった。顔をあわせる機会が増え、時には言葉を交わすこともあった。声をかけてくるのはいつもさくらからだった。さくらは、他の女子に比べ全体としては華奢な感じだった。ただ、手足はすっと延びて体は少し丸みを帯びとようだ。さくらの態度は潔かった。くねくね体を動かすようなこともなく、さっぱりした性格で男子生徒の中でも注目される存在だった。僕はさり気ない風にしながら、彼女の事ばかりが気になっていた。さくらに話しかけられたことで、他の男子からやっかまれたことがある。そんなとき「親同士が知り合いだ。」とか、「たまたま家が近いんだ。」とわけのわからない言い訳をした。さくらを気にしている男子達は結構いたようだが、女子達に人気の拓哉もその一人だった。時折、話しかけられる目立たない僕なんかはさくらにとってただの顔見知りに過ぎないと思っていた。それでも、僕に向けられた笑顔になにかを期待していた。
3年の時、さくらと同じクラスになった。
席が隣になったこともあって、さくらとはよく話すようになっていった。相変わらず、話しかけてくるのはさくらの方だ。
この頃になると、「お前たち仲いいな。」と言われるようになっていた。さくらがよく僕に話しかけることを周りだけでなく僕自身も不思議だった。口の悪い奴らは「あいつ、おとなしくて女みたいだから。」などと僕の目の前で聞こえるように言うこともあった。夏休みを目前にした頃、拓哉がさくらにふられたことが話題になっていた。さくらは、拓哉に「私、ちょっと気になる人がいるの。」と断ったらしい。そう言われたことが、広まると、男子達は女子の中で一番人気の拓哉より気になる人って誰だろうと、憶測していた。ただ、拓哉がふられたことで、自分たちは相手にされないと思ったらしい。
それから、僕たちはそれぞれ将来について悩み始め、あわただしい日々が過ぎていった。

今振り返ると、さくらとの何気ない会話が僕を変えていったような気がしている。いわゆるインキャラだった僕は背もやや高くそれなりにがっちりした体格になっていた。勉強やスポーツに力をそそぐように努力したからだろう。自分でも「結構、イケてる方じゃないだろうか。」などと時にはうぬぼれることもあった。少なくとも、殺伐とした学生生活の中でさくらの存在は救いだった。
8月の登校日、校門をくぐろうとした時さくらに声をかけられた。
「暑いわね。本当に。」
恨めしそうに空を見上げたさくらに僕はどっきりした。
それは以前どこかで経験したような不思議な感覚がした瞬間だった。その光景は、ずっとずっと前同じような場面に遭遇していたようなものだった。けれど、思い出そうとしてもどうしても思い出せなかった。さくらはしばらくの間瞳をキラキラさせ、僕の様子をうかがっていた。
僕が思い出せずにふっとため息をつくと、目を伏せて「卒業したら、8月6日の朝、校門の前に来て。」と言った。
卒業して、さくらと会えなくなるのは寂しいと思っていたが、自分から行動を起こす勇気はなかった。そんな時、とさくらから卒業後の約束を言い出され、僕は仰天し、裏返った声で「え、も、もちろん来るよ。」とあわてて返した。
「卒業して半年近くも後だけど、絶対覚えておいてね。」
「忘れないよ。忘れないさ。」と言いながら、鼓動が早くなっているのにさくらが気づくのではないだろうかと心配した。そして自分から行動を起こせなかったことが少し情けなくもあった。
それから、僕たちの高校生活の最期はコロナによるパンデミックに振り回されていく。休校やマスクの着用、様々な行事が中止され、不自由な学園生活を終えるとそれぞれ高校を後にした。
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