第1話 「 画竜点睛 」 (家庭料理)

文字数 2,460文字

        ☆

 佐藤和子が、美味賜 香子(うまし・かこ)の、
 掃除担当から、料理担当に、変わりかけの頃である。
 和子が母や祖母から実家で厳しく、基本の基礎から仕込まれて、習い覚えて、さらには『花嫁修業に』と、下宿して進学した家政科大学で磨きをかけて。
 周りの薦めた見合いで結婚した相手との、それなりには楽しく、うまく過ごしてきた、二十数年の主婦業で、すっかり熟達した…
 基本の和食と、いくらかのバリエーションの和洋食を。
 せっせと、『完璧に』調えて。
 食膳に、供していたのだが…

「…いかがですか? お口に合いますか…?」
「…美味しいですよ! すっごい!
 かんぺき~!」

 …と。
 食べさせる相手である雇用主は、誉めては、くれるのだが。

(…なにかが、違う…)

 …本当に、心の底から「美味しいッ!」…と、思っている時の、『カコさん』の反応とは、ビミョウに。
 …違う。のである…

 …自分にも、他人にも、厳しく『完璧に』が…
 それまで常に、モットーであり、目標、でもあった。
(…なにかが、足りて、いない…????)

 いろいろ、工夫は、してみた。
(…味付けが、北来(ポックル)島風、過ぎるのかもしれない…)
 カコさんは、移住してきて数年、経つものの。
 もともとは、(ポン)島の、出身者である。
 大学時代の、下宿先で覚えた、本島風の味付けに…
 少し、味付けを、シフトしてみた。
 …具体的には。
 砂糖を減らし、醤油を増やし、味噌の種類を、変えてみたのであるが…

「…あれ?」
 と、カコさんは、敏感に、気づいたようだったが…
 …そして、それまでよりも、無言で!
 …凄い、勢いで、食べてくれて…
「…ごちそうさまです! 美味しかったです!」
 …と、合掌。
 まで、してくれた。のだが…

(…でも、違う…
 …まだ、足りて、ない…
 …なにかが、違う… ??)

 本当に、毎日、ひそかに、少しずつ…

 量を増やしたり、減らしたり。
 品数を増やしたり、減らしたり。
 食材を、本島産のものにしたり、
 やんわりと抗議?されて、
 慌てて、北島(ぽっとう)産のもの主体に、戻してみたり…
 色々。

 …和子が、ひそかに、苦悩し。
 苦労し、工夫を、し続けていることには…
 カコさんは、気づいていない…
 ようだった。


        ☆


 ある時。
 庭先で、紅葉を観ながら、肉を焼こう!
 …という、遅めの時間帯の『 昼食会 』
 が、企画され…
 …もちろん、和子は『完璧に!』
 その、支度を、整えたので、あるが…

「…きゃ~っ!!♡」
 語尾にハートマーク付きで。
 飛び跳ねるように、カコさんが、喜んで、食べていたのは…
 招待された客が恥ずかしそうに持参してきた…
 差し入れの。

「…やだわ~! そんな、おおげさに~…w」
 持ってきた本人は、ちょっと困ったように、嬉しそうに。
 頬に片手を当てて、くねりながら、抗議?しているが…
「…恥ずかしいわ~ シロウト料理で~…w」

 …たしかに。
 完璧主義者の、和子の眼から診れば。
 その、洋風?チラシ寿司。
 具材の切りかたは荒いわ、
 飯の混ぜ方も雑で、ケチャップの色味にマダラはあるわ…
 …雑。なのだが…。

「…ぃゃぃゃいや~!
 こういう、『 手料理 』ってぇ…
 ひさしぶり!
 すっごい! 美味しい~ッ!!!!!!」


        ☆


 少し離れたところで聞いていた和子は、
 目が、点になった…


 ………『 手 料理 』………??????


 …思わず、脳内で、うろ覚え?の、
 辞書的な定義を… たぐってみる。

(…じゃ、私が毎日、豆腐なら無農薬大豆を天然水に浸して、豆乳を絞るところから、
 せっせと、手作り。していたものは…
 『カコさん』にとって、
 何? だったの、かしら…???)

 全身全霊から、力が抜けるような…

 生まれて初めての絶望と、無力感を、
 味わった…
 のだが。

 疑問はとけず。

 …だけで諦めて敗退するのは、むろん、
 もちまえの『完璧主義』が、許さなかったので…
 自宅に戻ってから。
 と、次の休日二日間を、まるまる潰して…
 本当に、辞書と、百科事典と、
 図書館にも行き、
 ネットで、調べて…

 …頭を、抱えて…

 最後に。

「彼女の手料理!」的な画像を披露する、
 話題の、スレッドを見つけて…

 理解して…
 苦笑した。

 …………


        ☆


「…ぅわはははははw」

 次の、月曜日…

 和子の、出した、いつもの『完璧な』
『お店で出すような』和定食風の、膳の…

『うっかり、切り忘れた』キュウリの糠漬けの…

 一部が、ほんのちょっと、つながって…
 蛇腹(じゃばら)状に、なっていたのを。

 カコさんは、めざとく見つけて、
 お箸で行儀悪く摘まみあげて…

 笑いころげた。

「…珍しい!
 和子さんでも、こういうこと、あるんですね~!
 wwww」


        ☆


( そうだ… それだわ!)

 和子は、作戦が当たった…!
 と、内心、にんまりしたのである…

 それまで、カコさんは。
 自分で自炊した手抜きご飯を、だらしなくかっこんでいる時のようでは、なく…

 和子の用意した食事を食べる時には。
 いつでも、店で外食をしている時のように…
 背筋を、ぴっと伸ばして。
『借りて来た猫のように』お行儀よく…
 食べていたのだ。
「美味しいですよ」と。

 でも。
 和子は、観たかったのだ…

 カコが自分で用意していた頃の、手抜き雑炊を。
「…うん! 美味しくできた~!」と。
 満足そうに、行儀悪く、かっこむ…

 その、幸せそうな… 表情、を…。



        ☆


 その後。
 一~二週に、一度、くらいの割合で。
 和子は、わざと、イタズラを、仕掛ける…

 『うっかり』糠漬けの、大根の、しっぽを、
 いっしょに出しちゃったり…

 『うっかり』味噌汁のなかに、溶き残った、みその塊が、はいっていたり…

 そんなのだ。


        ☆


 それを見つけるたびに、カコさんは、こっそり。
 にやっとか、くすっとか、笑って。

 すっかりリラックスした表情になって。

 背筋をやわらかく丸めて。

 美味しそうに、嬉しそうに、

 …食べて、くれるのだ…




        ☆


 めでたし。めでたし…


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