第1話

文字数 2,148文字

 この放課後は幸先が良かった。学校前のコンビニでコーラ買うのに長時間並ばずに済んだ。この店に最近入ったバイトが不慣れでレジを待たされることがあるから、当番の時間に遅れないかヒヤヒヤしてたんだ。今日は俺が初めて図書委員として図書館での当番をする日で遅刻はできないんだ。

 「もう一人の当番まだ来ない…」
 時間どおりに着いた俺が司書の先生から当番の仕事を教えてもらい、一人で当番を始めてかなりの時間が経っていた。

 ダダダダ!  ドサ!

 走ってくる音がしたかと思うと、俺のすぐ横で床へカバンを放る音がした。

 「ホームルームが長引いてちゃって!」
 そこはまず謝ってからだろ、と思いつつ声の主を見ると、肩で息をする黒髪で目尻が上がった美しい顔の女子生徒がいた。同学年で才色兼備の、近寄る男をことごとく撃沈する『鋼の乙女』ことA組の岸本冴子だった。
 
 「遅かったな、当番の仕事の仕方は知らないんだろ。教えてやるよ」
 先輩ぶって俺は説明を始めた。
 「本の貸出方法は…」
 「私は勉強をするから、これから仕事は全部アナタにお願いします」
 俺の言葉をさえぎって、カバンからドサリと勉強道具を取り出した岸本は受付カウンターで自習を始めた。
 
 それから俺は毎週木曜日に岸本と顔を会わせることに。一人で仕事をすることになって納得いかないが、こまごまとしたことをするのが好きな俺には苦でなかった。
 岸本の方は、いつも受付カウンターで自習をしていた。そこで俺は岸本の勉強がはかどるよう机上を片付けたり、音を立てないよう気を遣った。でも、そんな俺の気遣いが邪魔かのように岸本は俺を避け、いつしかガン無視するようになった。

 夏休みを間近に控えた日、岸本は1時間ほど遅れて図書館に着いた。相変わらずの無視だったが、こちらも淡々と仕事のことを聞く。
 「ここの段ボールのこと、先生から聞いているか?」
 安定の俺を見下すような態度で岸本は目を細め10個ほどある段ボール箱を見る。だが、その顔は見る見るうちに青ざめていった。
 「今何時何分!?」
 切迫した声で岸本が俺を問い詰める。
 「もう少しで4時半だ」
 「マズった…」
 「なに?」
 「古い本を取りに来てもらうから、4時半までに資源倉庫に持って行くように先週先生に頼まれてた…」
 「今そんなこと言ってどうすんだよ!」
 「私が運ぶ」
 「そんなのムリだろ!」
 「アナタの世話にならない」
 岸本はデカい段ボール箱を持ち上げようとしたが無理だった。
 「ムチャすんな! 俺が持って行くから、岸本は受付で番してろ!」
 俺はなんとか一箱を持って行った。そこで業者さんが待っていたが、事情を話すと笑いながら残りを運ぶのを手伝ってくれた。

 「本当にごめん、田村君…」
 図書館の閉館後、岸本は俺に謝った。
 「話をしたいことがあるの… 一緒に帰ろう」
 俺と岸本はまだ明るい夕方の帰り道を並んで歩き始めた。
 「古本のことでは迷惑をかけてごめんなさい」
 岸本は頭を下げた。
 「今日は急にバイトのシフト変更頼まれちゃって遅れたの… 母親がシングルになったから、春からあのコンビニでバイト始めたんだ。もちろんうまく変装してね。ウチの生徒もお客として来るけど、学校では私をチヤホヤするのに見知らぬ店員だとオラつき放題… だから学校で口説きに来ても全員秒殺」

 “あのコンビニで岸本が働いていた!?”

 「田村君は違う。素で優しいでしょ… コンビニでは急いでいる人を先にさせてあげたり、お年寄りに通路を譲ったり。それに、いつも新人のレジの女の子にも気遣ってくれるよね」
 “知らないうちに俺のことよく見ているな…”
 「そんな田村君に私はどんどん惹かれていった。だから… 無視してしまったの…」
 「ええっ!?」
 「私は勉強以外のことは何にもできないから、田村君に私を好きなってもらえる自信が無くて… それで自分が田村君を好きにならないように、田村君が私を好きにならないようにするために避けたり無視してたんだ…」
 
 「信じられない…」
 「酷いよね、私って…」
 「いや、信じられないのは俺自身のことなんだ」
 岸本は耳を疑っているかのような顔をしていた。
 「俺はさっき岸本が失敗した時に喜んでいたんだ… ザマみろ、って… ええカッコしいで酷いのは俺の方なんだ! 俺は岸本に好きになってもらう資格がないんだよ!」
 「ごめんなさい」
 真顔で岸本が俺を真っ直ぐ見た。
 「田村君がどんなことを言っても、もう私を止められない… さっき君が助けてくれた時に今までの自分に我慢できなくなった… そう、思いと違う態度を続けることはもうできない」
 岸本は俺の真正面に立って丁寧に頭を下げた。
 「これまで酷いことをしてすみません。今どうしようもないほど田村君が好きです」
 俺は半信半疑だった。
 「本当に俺なんかでいいのか?」
 「私の方は何の取柄もありませんけど」

 勇気を出して俺は手を差し出した。 
 「俺はもっと岸本のこと知りたいな。そして岸本に俺のこと知って欲しい」
 小さな両手が優しく包み返してくれた。 



 
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