宇宙の遥か彼方の祭り 

文字数 2,014文字

 得意だったリコーダーの練習をしていたら「夜に笛を吹くと蛇が出るからやめなさい」と祖母に言われ、その一言で笛や祭のお囃子が苦手になり、以来夏の祭りは気味の悪い催しでしかなかった。物心つくと身の回りには〜祭セール、テレビをつければ〜映画祭、と苦手な祭りを免罪符にこれでもかと押し売りしてくる商業主義が横溢していた。この押し付けがましい祭りが嫌でたまらず私は国を飛び出した。しかし地球上の東西南北どの地域に行っても、押し付けがましさこそ減れど常に何らかの祭りが生活の一部に在り、祭りは人間の生活に不可避的に備わるものと認識した。ならばと人里離れた自然の中に身を置いたのだが、祭りの喧騒にこそ巻き込まれないものの、狩猟採集と農耕の自給自足中心の生活は不便きわまりなく、収穫に対する感謝が、自身で遠ざけてきた祭りを自ら執り行いそうで怖くなった。
 祭りを意識しないで済む生活を送るためには、人間の共同体からも自然の恵みからも離れなければならないと感じ、さすればどうしたものかと思案を重ねた末にたどり着いたのが宇宙飛行士の仕事だった。極めて科学的な思考と行動に満ちた毎日に身を置き過ごした数年の訓練期間は、私にとっては実に穏やかな日々で、他の訓練生やスタッフが心待ちにしている帰省を拒み続け、ただただ訓練に打ち込み続けたせいもあり、二度の実飛行を経験し、いつしか難しいミッションを託される第一級のベテラン飛行士になっていた。
 三回目の宇宙飛行に飛び立ち、いよいよ明日に帰還を控えた最終日に、私は船外ミッションに出た。船外ミッションを終え、船に戻ろうとすると、船窓からじっと様子を見ていたクルー達が私に向かって早く戻ってこいとジェスチャーを見せている。手にはミッションの終了を祝うシャンパンや骨つき肉が握られ、無線を通じて伝わる音声に耳を澄ませば日本人の私への気遣いか船内のBGMにあろうことか祭囃子を再生していた。船内の様子に祭りの喧騒を思い出した私は命綱と無線機を外すと、ひとり無限の彼方に向けて泳ぎ出した。小さくなる船窓の灯りが終に見えなくなったときに、私はこれでよかったのだと言い聞かせて目を閉じた。
 体を小突き回される感覚にふと目を覚ますと、宇宙人に捕えられたようだった。無重力の光のなかに体が浮いているのだが思うように身動きを取れず、周囲を蛇のような外見の奴らに取り込まれている。しばらく小突かれ続けると脳に感じた衝撃で何かを埋め込まれたと感じたが、その瞬間から彼らとコミュニケーションがとれた。彼らは宇宙を漂流する私を拾ったという。「元の船に戻りたいか」と尋ねる彼らに「戻りたくない」と答えると、「我らの仲間になるか」ときいてくるので「なる」と答えた。これまでの様子をみるかぎり彼らは、外見こそ蛇だが知的で祭りの雰囲気とは無縁の大人しく穏やかで慎ましやかな生活を心得ていたし、彼らの価値観と技術の元で生活できるのであれば反対する理由はなかった。
 呼吸器から体内に注入されるなにかで日々生きながらえる私の体は日に日に彼らの容姿に近づいたが、意識や思考には何の変化も起きなかった。宇宙飛行士の訓練を受けてきた体が覚えている時間の感覚でひと月くらいだろうか、私は光の中で呼吸器に繋がれ、もとの人間の面影をわずかにとどめ、彼らの外見に近しくなっていた。私は光の中から解放され、地球よりは小さい重力の働く彼らの共同体に放り込まれた。小さなつぼ状の住居を与えられ、毎日壁から突き出た管を体に抜き刺しすることでソフトとハード双方の摂取排出をこなした。私の意識と思考に興味のあるこの集団のいろいろな個体が入れ替わり立ち代りに私を訪ねては話しかけてくるので退屈な毎日ではなかった。
 相当な年月が経ち、老いゆく私は郷愁を感じるようになった。郷愁は十分に制御できる程度のものだったが、驚いたことに子供の頃嫌っていた祭りの色彩や音が郷愁に付随して記憶に蘇り、脳内に響くその音を心地よく感じている自身がいた。郷愁に浸る私を見つけ祭りの内容を聞き出した友らは、早速に祭りを行動に移し、祭囃子の音を忠実に再生した。すると一人の始めた祭りは瞬く間に集団に伝播し、集団は狂ったように踊り歌い音楽を奏で詩を朗し、穏やかだった生活は爆裂した。祭りの熱病に冒された集団はついに管理体系を破壊し、摂取排出の管の機能も止まり、数多の友が死に絶えた。人間の野生を残していた私は今日も彼らの屍を食べ排泄して生き永らえている。あとどれだけこの生活が続くのか、私は手作りした笛で祭囃子を夜中に奏で、蛇が出てくることを期待したが、蛇は一匹も出てこなかった。自身が発狂せずに天寿を全うできるよう、笛の音を神に捧げた。

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初出:公募ガイドONLINE
第22回「小説でもどうぞ」課題「祭」結果と講評:佳作 https://koubo.jp/article/16931
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