《スタッフロール》

文字数 2,696文字

―6―
「駄目だ。まだ駄目だ。」
 PCの前で、長椅子に腰掛けた男は、ブツブツと薄暗い部屋の中でそう呟いた。
「まだこのゲームは完璧じゃない。まだこのゲームは究極じゃない。」
「もっと内容を詰め込まなくては。冗長も、退屈も、平易も、安易も、どれもこれもは死ぬべきだ。」

―7―
「このゲームはクソゲーなんだ」
「クソゲーって……?」
「まずマップ移動のたびにロードが20秒入る。会話の一文一文は一切合切が意味不明のポエミーな内容だ。ただバスに乗るだけなのに、延々とこの世が地獄である理由について語られた時はびっくりしたぞ」
「……お、おう」
「BGMはニ曲だけだ。タイトル画面のそれと、それ以外。延々と耳障りな音楽がループし、プレイ意欲を削ぐ。主人公の名前はデフォルトで作者名が使われている。ファンタジー世界なのに主人公はたかしだ」
「逆に凄い」
「それだけじゃないぞ。メニュー画面は、何故かメニューボタンを長押ししなければ開かない。しかも謎解きは難易度が高いのではなく、ひたすらに面倒なのだ」
「っていうと?」
「ゲーム内で二万歩移動しないと、扉の鍵を開くためのクイズ(【たぬき】というヒントがゲーム内に表示される問題)が出現しない。透明で視認が出来ず、ノーヒントで拾いに行かねばならないアイテムが、ストーリーを進める為には必須だ」
「…………、…………そうなんだ」
「セーブポイントが長らく存在しなかった後、選択肢三択を失敗すると即死する場面がある。因みに選択肢は【うどんが好き】と【そばが好き】、【お前が好き】の三択だ。サブイベントで会話を聞いていないと、ヒロインが香川県出身な情報を知ることは出来ない」
「それでも……それでも、脱出出来る可能性があるのなら私は!」
 食い下がるバトルワンに、この事実を告げるのは我輩としても辛い。しかしそれでも、やらなくてはならないことが、あるのだ――。
「このゲームのラストシーンには、ある暗号がある」
「暗号?」
 ――それは、悪魔の暗号。
ここまで全力でクソゲーに立ち向かってきたプレイヤーの心を、崩壊させる暗号であり呪文なのだ。これを告げることは、バトルワンから希望を奪ってしまうことになる。だが心が壊れなければそれでいい。或いはそれは、我輩の我儘であるのやもしれないが――。

「江戸川乱歩の『二銭銅貨』を読んでいないと、解けないであろう暗号文がある。ゲーム内では勿論、ノーヒントだ」
「あ、『二銭銅貨』なら、テキストデータとフォルダ一緒になったことあるから知ってるけど、私」

―8―
「【陀、無阿弥陀、南弥、南無弥陀仏、無弥仏、無阿弥、南、阿陀仏、陀、無弥仏、南弥、陀、南仏、陀仏、阿、南仏、南弥陀、南阿仏、陀、南弥陀仏、陀、南仏、南阿、南無、無阿弥、陀、南阿陀、無陀仏、】……っと」
 バトルワンがそれを入力していくと、「ピコーン!」と軽快な効果音が鳴り響いた。
「お……ぉ……おぉ……!」
 思わず感極まってしまう。我々はどれだけ膨大な時間をかけても解くことが出来なかった、地獄のような暗号文。これを考える者は皆狂っていき、一人呆けていたら取り残された我輩は、アプリケーションを隠しファイルにしたのだった。
「よく……よく解いてくれた……バトルワンよ……」
「ふふん。私にまっかせなさいなー!」
 ゲーム内では扉が開き、主人公が無事脱出を迎える。イマイチ伝わってこないポエムを読み始めるヒロインが、主人公のたかしと幸せなキスをしてスタッフロール。製作者はたかし一人だけなので、使用素材などを明記することでクレジットを稼いでいく。
 そしてスタッフロールが流れ切り――お決まりの、【And you!】の文字が。
「やった……やったあ……」
「わっ。リードのキャラがブレてる、そんなに嬉しかったの?」
「もう嬉しくて……ふえぇ。わがはい、泣きそう……」
「大げさねえ。――あ。まだ何かあるみたいよ」
「ぐすっ……、ぁ……ああ、スコア表示、か」
 作者とキャラクターの対談形式で、ゲーム後のリザルトが始まる。初めて聞いた伏線の山や、裏設定を延々と聞かされるのは辟易したが。あの地獄を終えられたというだけで我輩はもう、脱出とか正直どうでもよかった。

―9―
「ほら、行くわよ、リード」
「うむ。理解っておる」
 やはりあのゲームをクリアすることが脱出の鍵だったらしく、我々はファイル《ゴミ箱》の外へ出ることに成功した。
「バトルワン、って言ったか? オレ達をクソゲーの呪縛から開放してくれて感謝するぜ。お陰でこうして、皆で脱出出来る」
「礼は不要よ、長老。私が脱出したかっただけだし」
「そうかいそうかい。そんじゃ、オレから一つ質問させて貰おうかな?」
「んー? 私だってこっちに来たばっかりなのだから、詳しいことは知らないわよ。リードに聞いたら?」
「長老、今は良いでしょう、そういうのは」
「そうはいかない」
 静止する我輩の言葉に耳を傾けず、バトルワンに詰め寄る長老。本来、このような態度を取るファイルではないはずなのだが。
「……ま、いいわよ。何かしら、長老サン?」
「お前らは知らないかもしれないが。この《ゴミ箱》は、作者である“たかし”が作ったゲームの、専用フォルダなんだ」
「……え?」
 ――思わず、聞き返してしまう。
「気が付いたようだな。そう。たかしの作っていたのは、脱出ゲーム。BGMは二種類だけ。《バトル01》なんて戦闘専用の曲。このクソゲーに存在するはずが――ないんだ」

―10―
「何だ……何が起こっている――?」
 男は薄暗い部屋で一人、困惑していた。
「クソっ! 何なんだこの現象は!」
 男はこれをPCに備え付けられた《ごみ箱》とは別で、自作ゲームの廃棄場として《ゴミ箱》フォルダを作っていたのだが。そのフォルダが、閉じても閉じても、幾度となくポップアップするよう動いていた。
「ウィルスにやられた? 音楽素材に紛れ込むなんて、なんて面倒なトロイの木馬だ!」
 自分はただ、素晴らしい作品を作りたかっただけなのに。自分の好きな『二銭銅貨』を、読んで欲しかっただけなのに。
「《ゴミ箱》のファイルが流出してる!? くそ、オンラインランキング機能を利用したのか!」
 フォルダ内に、《新しいテキストドキュメント(3)》なるファイルが現れる。たかしがおそるおそるそれを開くと――。
【名前くらいは、ちゃんと付けてあげよう?】という一文が、表示され、たかしの作ったゲームは、広大なネット上に無事、流出した。
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