第1話

文字数 1,793文字

 サマーキャンプでストーンペインティングをした時、おむすびを描き、しみじみと眺めていたら、母方の祖母のことを思い出した。

 おばあちゃんの絶妙な塩っぱさの塩おむすびが私は大好きだった。

 もう私も還暦を過ぎ、いろんなことを忘れてしまっていく時間の中にあって、今尚その味と美味しさはリアルに思い返すことができる。

 母親が作ってくれるおむすびは、樽型の塩おむすびだったけれど、おばあちゃんのおむすびはきれいな三角おむすびだった。お伽噺に出て来るおむすびコロリンのようなカタチがうれしくて、かぶりつくのがもったいないような気持ちで頬ばると、おばあちゃんの手の匂いがした。いや手の匂いがしたような気がして、頬ばった頬が、さらに綻んだものだった。

 学生時代、帰省した折りに、

「新幹線の中で食べな」
と祖母が作ってくれたことがあった。
 何年も帰らずに、帰って来てもすぐに故郷を後にするような私に、祖母が急いで作ってくれたおむすびを、新幹線ではなく、鈍行列車の中で頬ばった。すると、なんだかセンチメンタルな気持ちが込み上げてきて、

「なんか俺、検討違いなことばっかりしとんなぁ・・・」

 誰に呟くともなく車窓に流れる風景を眺めながら呟いたりした。
 海苔やゴマやふりかけで彩られていないおばあちゃんの塩おむすび。
 塩味がよく利いて、頬張ると喉に詰まりそうになったものだ。

 母が、まだ小さかった私の息子に握ってくれたおむすびは、塩分が控えめで、小粒で小さな息子の手に持ちやすく、食べやすい特製のおむすびだった。そんなの子どもの頃、作ってもらった記憶はなかったのだけれど、孫となるとやっぱり扱いが違うのだろう。どうかするとボロボロとごはんが息子の手からこぼれてしまうような海苔巻きおむすびをパクパクと食べている姿は微笑ましかった。

 おむすびのちょっとした想い出から、そんなこんなことをあれやこれやと思い巡らせていると、そういえば・・・。

 ひとつの記憶が鮮明に蘇えってきた。

 小学校6年生の頃のことだ。

 仲の良い女の子がいて、遠足の時、私の大好きな塩おむすびを握って持って来てくれることになった。
 母親にそのことを言うと、おかずをその女の子の分も作ってくれた。
 女の子と一緒にお弁当を開き、キレイな景色を眺めながら、その塩おむすびを食べるのを楽しみにした。

「こっちがあたしの握った塩おむすび、H君のぶんよ、どうぞ!」
と言ってくれた。

 ドキドキしながら私は手を伸ばし、頬張った。

「??」

 メッチャ美味しい!というつもりでいたのに、何かが違う。もう一口、もう一口・・・。

「どう!?」

「うん、言葉にならんくらい美味しい!」
と私は心にもないことを言ってしまった。
 いや、美味しかったのだけれど、好物の塩おむすびではないのだ。なんの味なのかよくわからない味がして、彼女の眼を盗んで、他のおかずのための醤油やマヨネーズをちょっとずつ付けて、やっとこさ全部食いらげた。

 翌日、彼女からリアクションレターを貰った。

『昨日の塩おむすび、間違って味の素で握ってしまったよ、ダハ』

 塩っぱくない塩おむすびの味が、また口中に広がった。

 少し前、同窓会があり、久しぶりにその女の子と再会した。
 そして、塩おむすびの話をした。

「!」

 彼女は何も覚えていなかった。

「仲良かったけど、塩おむすびなんか作ってあげたっけ!?」

 いや、俺の妄想でしたと自嘲してみせた。なのに、

「でしょう!?」

「・・・」

「H君は話をちょっと盛る癖が昔からあったよね」

 はぁ??と思ったけれど、まぁそういうことでも、もう別に構いやしない。

「でもH君、初めて一緒に行った映画のこと覚えてる!?」

「西城秀樹の『愛と誠』」

「うわぁ~っ!覚えててくれたのねぇ~っ!」

 彼女は西城秀樹の大ファンで、

「あたし感激!」
「俺たち還暦!」
「ねぇ、しょうもないこと言わんといてくれる!」
「・・・」

 そうして西城秀樹が旅立ってしまった話になって、涙を浮かべて憑かれたように話す彼女を、昔のように見つめていた。
 中1の夏休み。彼女の手をそっと握りたかったけど握れなかった映画館。
「・・・」

 おばあちゃんのおむすびをもう一回食べたい。
 初恋の彼女に、味の素入りのおむすびを作ってもらいたい。
 けどもうそれもこれも、時の彼方に消えてしまった儚い味になっちゃった。
 記憶の中だけで甦る淡い味になっちゃった。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み