第1話 老舗の娘さん

文字数 945文字

肉の加工業者、かしわ葉は昭和29年創業だからいちおうは老舗(しにせ)である。

そこの双子の女の子は奥さんが接客をやっている店舗の隅にいつも大人しく座っていた。

店に来る客は減り、仲卸をやっている飲食店がどんどん減っていくご時世である。

「今月も赤字だわ…」

レジのお金を数えてからため息を奥さんに次女は、

「この店の売りはコロッケだから早く冷凍自販機販売に絞れってお客で銀行員の中村さんを通して言ったのに」

でもそんなこと言ったら居場所を無くしてしまう。

とおかっぱの髪を揺らしてうつむく。

裏の精肉工場の工員の半分はリストラされた。以前は夜8時までミンサーやらスライサーの音が鳴り響く工場だった。

「当てにしてた残業無くなって給料減ったなぁ…」

と工具を水で洗いながらこぼす工場長に

「でもそれって平気で時間外労働強いてたってことだよね?夕方6時で終わる今が丁度いいのよ。と奥さん通して言ったよ」

と双子の長女は囁くがやっぱり彼の耳には届かなかった。

「こないだリストラされたお兄ちゃんが一番真面目に働いてたよね」

残業に入る度にああーブラックブラック!と悪態をつく素直なお兄ちゃんだったけど。

「あの人は調理師だからすぐに仕事見つけるよ、根はいい人だし」

取引先から帰って来た社長はクラウンの運転席から降りて仏頂面をしている。きっと結果が芳しくなかったのだろう。

「クラウン売ってカローラにしとけって税理士の牧田さん通して言ったのに」

乱暴に背広を脱ぐ社長に長女の声は届かなかった。

一家の夕食は余り物のコロッケと付け合せのキャベツ。社長夫婦と娘夫婦と今年小学一年生の孫といつも通りの賑やかな団欒。

「どうだね?睦夫くん」「いや〜なかなか厳しいけれどお義父さん、餃子の紅とんと契約取れそうですよ」「それは良かった」

と舅と婿のにこやかなビジネス晩酌。

この義理の息子さん会社のお金横領してるんだけどね。

と双子はもう口に出しては言わなかった。

事務員の呉さんの夢枕に立った方が一番効果的だからだ。

もうこの店も住み替えだ。

双子はそう結論付けて荷物を詰めた風呂敷を手に見捨てた老舗の看板を見上げる。

「次はどこ行く?お姉ちゃん」「繁盛しそうな店?探すのが難しいって」

双子の座敷童子は手を繋ぎ合って僅かな景気の匂いを頼りに年末の星空のもと歩き出した。

 
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登場人物紹介

じーっ…目のきれいな子供の忠告は聞いておいてね。

by姉

ぼそっ。いんがおーほー、てんもーかいかい

(因果応報、天網恢々)

by妹

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