第1話

文字数 1,149文字

「ペンギンさん、最近やせましたよね」と、いつもズケズケ云ってくる後輩社員が帰り支度をしながら、「残業が多いって、目つけられてますよ」
ペンギンはまったく憂鬱だった。人間社会に溶け込むとは、かようなことを云うものか。高層ビルの厚い壁とガラスに封じられながら、カラスの啼き声をきく思いだった。
「子沢山なものでね」とペンギンはPCのスクリーンを見たまま云った。
「幸せって何なんスかね」と、後輩はコーチのショルダーバックを肩に去りかけたが、「おすかれさまっス」の「お」の形を唇につくりながら停止した。微動だにしない。
ペンギンがオフィスを見回してみれば、おおかた帰りがけの100人弱が、それぞれに中途の姿のまま固まってしまっている。
何かの冗談とは思えなかった。自分をターゲットに大がかりなジョークが仕組まれるなどあるはずはない。オレは子沢山の平社員にすぎないのだから、とペンギンは思った。
人間社会の中に唯一足をふみいれたペンギンであることは、最初の頃こそ耳目を引き、賛嘆すら受けたことだったが、特段に業績をあげられない、いうなれば人間並みの能力しかないペンギンは平社員止まりだった。そんなオレのために特別なことを仕組むなど、金輪際ありはしない。
ならばこれは?
とペンギンが思案に固まっていたとき、乱入者が4名あり、機関銃を乱射して、親があり子がありもするかもしれぬ従業員を殺戮し始めたのが、視界を赤く染める血によっても認知されたので、ペンギンはデスクの下にかくれた。
衝撃に倒れなかった者は足蹴にして倒し、脈や呼吸を確認しながらボンデージ姿の殺戮者たちがオフィスをまわったのは、時間が動き始めたからだろう、消えていた空調の音が再開していた。
殺し屋はすべて女性だったが、ミッションコンプリート後に現れたのは水泡のようなカプセルに入ったお爺さんだった。
「バカ息子めが。ゆうことききおらんで」空中を浮いて進むカプセルの後ろをついてきた女子高生に、「おまえは良い孫じゃ。事業はおまえがやれ」
夏のセーラー服をヘソを出しに、グーにした両手に口元はさみ、孫はクンクンうなずいていた。

時間を止めたのはサイコキネシスだろう。震え、失禁しながら、ペンギンは思った。フラットなオフィスの彼方には椅子の上にCEOが死に絶えていた。
隠れたまま生き延びよう、しかしオレにも念力があれば時間を戻したい。安月給は自分のせいだ、CEOに悪気があったわけではない。近くに砕けた顔から血を流す後輩が生意気だったのも、社会の影響だったのにすぎない。
念力があるはずもないのに、ペンギンは時間を戻そうと、デスクの下に震えをおさえながら、祈りつづけていた。
と、巨大な爆発音とともに、ドアが内側にふっとんできた。壁も崩落し、煙立つ埃の中をでっぷりとした鯰が、、、
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