第1話

文字数 647文字

 はきだし窓から庭を見ていた。
 流れる雲の下、椿の蕾はまだ固く、その奥の塀はひんやりとしている。
 私の方からでは塀の向こうは見えない。
 かわりに私は想像する。一定のリズムを刻む脚(あし)の持ち主たち、その心を。きっと1分1秒も無駄にできないのだろう、と。

 お疲れ様。私は顔も見たことない脚(あし)の主を労う。そして自らの脚(あし)を暖め始めた。

 窓から柔らかな日の光が入ってきて、ふわふわとした眠りに誘われる。
 心地よさに身を委ねていると、庭に侵入してきた猫が1匹。物言いたげに私を見つめていた。

 やぁ、こんにちは。窓ガラス越しに挨拶してみる。猫はニャーとすら鳴かずに、ただ私を見つめて腰を下ろした。その傍若無人な振る舞いに、挨拶などせねば良かったと後悔した。そして、そう思ったことを恥じた。
 他者が自分の思い通りに動かねば、拗ねるとは、まるで幼子のようではないか。
 かぁっと一気に顔が熱くなった。
 穴があったら入りたいような気持ちだ。だけど近くには布団しかなく、それも脚を暖めるのに使ってしまっている。

 私の悶々とした気持ちを置き去りにするように、猫が立ち上がった。尻尾をゆらりと揺らす。元いた場所をちろりと見、後ろ足で丁寧に砂をかける。鼻先をつけんばかりに地面を見つめ、軽く頷いた。
 そのまま体を優雅にしならせ、窓フレームの外に出てしまった。

 あぁ、家人がその落とし物を見付けたら大きなため息をつくだろう。
 だが悲しいかな、私はただの炬燵である。せめて冷えたその足を暖め労うしかできない。
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