第1話

文字数 675文字

「ワシに貸してくれないか?」
 公園で凧揚げしていると、見覚えのある爺さんに言われた。
 どこで会ったっけな……。
 思い出しているあいだに、爺さんに持ち手を奪われた。
 何をする!

 彼はいちど凧を手繰り寄せ、再び凧を上げた。そのわずかな間に、凧に糊かなにかを塗っていた。何の細工だろう。

 しばらく見ていると、彼はポッケから糸を取り出し、持ち手に結んだ。反対の糸の先は丸く結び、人差し指にはめた。
 そして持ち手を離す。凧は新しくつけた糸の長さのぶん、さらに高く上がった。

 この人、凧揚げ名人かもしれない。ということは、テレビで見たのか?

 次に爺さんは糸に糸を結び、さらに高く揚げた。軽く50mは超えている。
 そしてさらに糸を結ぶ。僕が見ているあいだ、同じ作業が永遠に繰り返された。



 日が暮れて来た。
 もういい。わかったよ。
 返してくれよ。高すぎて凧が見えないじゃないか。
 しかし爺さんは僕がどんな言葉をかけても、返してくれない。僕は諦めて家に帰った。


 あれから一週間、爺さんはまだ凧を上げている。

 そして一ヶ月がたったころ、異変が起きた。爺さんが糸を巻き始めたのである。
「坊主や、手伝え」
 そう言われ僕も必死で糸を巻いた。

 朝から晩まで巻き続けること三日。
 やっと凧が見えてきた。

 ん?
 あれは?

 風船だ! 半年前に僕が無くしたやつだ!

 点と点が繋がった。爺さんはそのとき、風船をとってくれようとして失敗した人だった。

 半年ぶりに僕のもとに帰って来た緑の風船。僕は抱きしめてお礼を言った。
「お爺さん、ありがとう」
「引っかかっとったようじゃな。土星のリングに」
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