へっぴり腰侍
文字数 1,995文字
だがある時、野良犬に噛みつかれてから犬を見ると逃げ、何かと臆病になった。
そのせいか元服し城勤めとなっても、臆病平助と
だが、そんな平一郎をあろう事か、
ある日、平一郎は隠岐守から呼び出され直々に護衛をいいつかったのだ。
周りは臆病平助に何故?と首を捻るばかりであった。
隠岐守は護衛として屋敷にも入るため、娘の菊と平一郎を引き合わせた。
菊は城下でも評判の美人で、誰もが見とれ取り入ろうとする。
平一郎はというと、菊を見ても表情一つ変えず挨拶だけをするのみであった。
そればかりではない。
老中の警護に抜擢されたというのに浮かれもせず普段と変わる事もなかった。
ただ、この老中からの抜擢により
特に菊と一緒になりたいという
それに対し平一郎はというと、お気に
謝られたら喧嘩にならない。
そのため腹いせに
へっぴり平助
とただ、平一郎が一度も
護衛となって半年が過ぎた頃の夜、隠岐守は料亭で密会をするためにお忍びで出かけた。
お付きの者は平一郎
出かける前に平一郎は隠岐守に懇願した。
警護は私一人では無理だと。
だが、隠岐守は笑って「
「まったく隠岐守様は何を考えているんだ。
護衛は儂一人では、暗殺をしてくれと言っているようなもの。
儂の噂をご存じでないのか?」
そう
やがて籠は蔵が並ぶ通りに入る。
そこは
月明かりが
暫く進むと前方の
そしてほんの一瞬何かが鈍く光る。
平一郎は突然抜刀し、籠の前に飛び出た。
すると闇の中から突然現れた黒装束二組が斬りかかってくる。
先陣を切った一人の渾身の一撃をいとも簡単に平一郎は
そして横を通り抜けようとしたもう一人に流れるように突きを入れた。
黒装束の二人は悲鳴も音も立てずにその場に倒れ、赤黒い水たまりを作る。
一瞬の事であった。
隠岐守は何かが倒れるかすかな音に気がつき、籠を止め少しだけ外を覗き見る。
平一郎が一人腰を抜かしへたりこんでいるのが見えた。
隠岐守は籠から下り、平一郎の横を通り過ぎ倒れている者達を見下ろす。
そして呟いた。
「見事じゃのう・・一刀のもとか。」
平一郎は震えながら隠岐守に訴える。
「と、殿! こ、怖かったでござる!
だ、だから、あれ程護衛をと。
無我夢中で刀を振ったら、刀が賊に当たって・・。
あはは・・はははは・・。
拙者、もう、怖いのはいやでござりまする。
どうか、私を護衛から外すよう、切にお願い申す。」
「なあ平一郎、いつまで芝居をする?」
「へ?」
「腹を割って
平一郎は、その言葉を聞いて呆然とした。
やがて観念し、その訳を隠岐守に話した。
さらに数ヶ月後、護衛は登城と下城の時のみでよいと言われ、目付役の補佐を命じられた。
だが城の者達は平一郎が仕事中に
目付役にこの件を知らせる者が後をたたない。
だが、目付役は「そうか?」というだけであった。
ある日、隠岐守が目付と膝を会わせヒソヒソと話しをしていた。
「で、どうじゃ?」
「御老中、よくあの様な者を見つけられましたな。」
「そうか・・。で?」
「城中に忍んでおった間者は片付きました。」
「ほう? 早いな?」
「ええ・・。そればかりでは御座いませぬ。
城中を騒がしていた
「ああ、腕がたち悪さを働いていたあの旗本のバカ息子達か。」
「御意。城下で浪人に喧嘩を売って逆に斬られ、その浪人はトン面し申した。」
「そうか。目付よ、何を笑っておる?」
「いや、何、その浪人、白昼から酒をくらい千鳥足で旗本にぶつかったのです。」
「酒?」
「ええ、千鳥足は芝居でしょう。ですが酒はお好きなのですな。」
「・・・そう・・なのか?」
「はい。」
そう言って目付はクツクツと笑う。
平一郎が隠岐守の警護を言いつかって一年が経ったある日のことである。
「なんでこうなった?」
婚儀の席で花嫁の隣に座り、首を傾げる平一郎がいた。
そう、平一郎と老中・隠岐守の娘、菊との婚儀であった。
「平一郎様、我が父に気に入られたのです。
諦めなさいまし。」
「諦めろといわれてもな~。
お菊様、貴方は私でよろしいので?」
「良いも悪いも・・菊が嫌いですか?」
「あ! いや、断じてそのような事は!」
「菊も同じで御座います。」
「へ?」
こうして二人は夫婦となり、平一郎は後々家督を継ぐこととなった。