第一話 はじまりの26才

文字数 4,287文字

2040年7月14日、午後1時11分。

 宅配サービスが届くのを感じて、石原エイトは縁側にある宅配ドローン専用ポストに向かった。そこにはエコ梱包をされた箱と、反重力型ドローンがあった。

(安心安全は当たり前、美味しさも両立したスペシャリテ)

と書かれた箱の中には、色とりどり果物で作られたケーキがあった。エイトは箱からケーキを取り出すと、ドローンは音を立てずに宙を舞い、集荷場に帰っていった。

蝉の鳴き声も心地よい、夏の風を感じながらエイトはケーキを冷蔵庫に運んだ。

「レイコ、開けて。」

 とエイトが言うと、冷蔵庫の扉が自動で開いた。レイコとは冷蔵庫の名前だった。エイトはAI型の旧型冷蔵庫に愛着を持っていた。最新型の場合、扉もないエアーカーテン式のものもあるが、まだまだ使えるレイコを捨てることは出来なかったのだ。

この日はエイトの26回目の誕生日だった。そして6才離れた妹、ミトの20回目の誕生日でもあった。兄弟で同じ誕生日ということで、幼少期は嫌な思いもしたが、今となっては不思議な縁を感じていた。

「お兄ちゃん!!」

 ミトは両手に泥のついた軍手をしたまま、リビングに入ってきた。

「今年はどんなケーキかなぁ~~」

 そう言いながら冷蔵庫に向かって、

「レイコ!ケーキ見せて!」

 と言うとレイコは扉を開けて、ケーキが置かれた台を少し前に出した。

「わぁ、美味しそう~」
「おい、さすがに軍手は外してからにしろよな、、、」

 エイトは文句を言いながらも、自分が選んだケーキを見て喜ぶミトを見て、うれしさを隠せないでいた。

「これはお母さん喜ぶね!」
「そうだな、喜んでもらえると思うよ。」
「でも今年からは私はケーキをもらえないと思うと少し寂しいよ、、、」

 そう言うとミトは寂しそうな目をエイトに向けた。誕生日のお祝いは19才になるまでは大人が子供を祝うのだが、20才になると元気に育ててくれた両親に、子供から感謝を伝えることが一般的だった。

「去年まではお母さんの分と、私の分と2つあったのになぁ。」
「それが本音か、、、」

 エイトは微笑ましく思いながら、

「レイコ、もうケーキは良いから、塊肉を出して。」

 とレイコに伝えた。レイコはケーキを元の場所に戻し、別の棚から塊肉を出した。エイトは久しぶりに母に手料理を振舞うことにしていた。せっかくだから母の大好きなローストビーフを選んだ。この日のために無農薬の牧草だけを食べたグラスフェッドビーフの塊肉を買い、レイコで熟成肉にしていた。塊肉を手に取りキッチンに向かいながらミトに指示を出した。

「ミトも早く野菜の収穫してきてよ。ズッキーニとナスと、あと倉庫からジャガ、、、」
「もうやりましたぁ~だ。あとはジャガイモ洗うだけです~」

 そう言うと部屋を出て水場に向かっていった。エイトはやれやれ、と思いながらも早く仕込みをしようとキッチンに歩を向き直したところで思い出した。

「そう言えば、、、ミルル、サラー大統領の動画流して。」

 ミルルとは映像デバイスの名前だ。壁に埋め込まれたスクリーン型デバイスのミルルはエイトの指示を受け、すぐに動画を流した。サラー・ウォーレンはアメリカの女性大統領で、歴代で2人目の女性大統領だった。現地時間、7月13日の夜、サラー大統領は何者かに暗殺されかけたのだ。

(本日は暗殺未遂をされたサラー大統領の半生を振り返ると共に、その功績をお伝えします。)

 フリージャーナリストのメイソンと言う端正な顔立ちの男性が進行する動画だ。サラー大統領は26才で政治の道を目指し、国際電気通信連合(通称ITU)に先進国で唯一未加入だった中国を加盟させることを実現し、世界平和実現に向けて大きな功績を残した人物だ。その加盟式典が8月4日に迫る中での、暗殺未遂事件だった。

 この20年で世界の在り方が大きく変わった。それまで世界平和の中核を担っていた国際連合だが、IT化が推進されると共に、ITUの役割が大きくなっていったのだが、唯一中国だけがその加盟を拒み、独自のIT戦略で世界を混乱に陥れようとしていることが、長年危惧されていた。きっかけは20年前に起こった、新型ウイルスの発生源とされたことで、国際社会との距離が生れたことだった。

「この大統領すごいよね。お兄ちゃんと同じ年に政治家になることを決めたんだよね。」

 ミトが籠にいっぱいの野菜を持ってキッチンに戻ってきていた。

「あぁ、そうだな。26才は節目、、、だよな。」
「そうだね、お父さんがずっと言ってたもんね。それにしてもこの人は暗殺では死ぬことはない人だけど、メディアはまた煽ってるよね、、、」

 2人の父親のイッペーは10年前に流行した新型ウイルスに感染し亡くなっていた。まだ50歳の若さだった。その父の口癖が、偉人と言われる人ほど26才に人生の転機を迎えている、だったのだ。父イッペーは後に働き方革命とも呼ばれる仕組みを生み出したほどの俊豪だった。それまで会社に属した働き方をするのが当たり前だった時代に、現代のプロジェクトベースの働き方を推進し、世に広めたのだった。それほどの父の言葉なので、兄妹は深く胸に刻み込んでいたのだ。

 父の死から10年、母のアイミは女手一つで2人を育てあげてくれた。父の遺産もあったようだが、母も宝石の原石輸入の仕事をしながら、家事も育児も精いっぱいに頑張ってくれたのだ。母は父ほどの商才はなく、宝石の仕事での儲けは全くなく、倉庫いっぱいに在庫を抱えていたのだが、それでも2人は母の頑張りに感謝をしていた。

 そんな母の誕生日ということもあり、2人は精一杯の手料理で感謝の気持ちを伝えることにした。自動調理機能もできる限り使わず、昔ながらの作り方にこだわって調理を進めていった。そしてちょうど料理が出来上がったのは18時になる頃だった。その匂いに釣られてか、アイミがリビングに顔を出した。

「あぁええ匂いやねぇ。めちゃくちゃお腹へったわぁ。」

 アイミは愛媛の出身で、エイトの家族3人は石鎚山の麓で生活をしていた。その訛りを残した口調と、元来の優柔不断さも相まって、昔で言うところの「天然」、今で言うところの「自然」キャラだった。とにかく決断が苦手で、それ故に商売も余分な在庫を抱え放題だったが、その緩い性格に兄妹は救われても来た。

「お母さん、ちゃんと手を洗ってから食べてよ!」

 自分の事は棚に上げてミトは母親に注意をしていた。それに「は~い」と気の抜けた返事をしてアイミはミスト除菌ウォッシャーに手を通して、すぐに自分の席につくと、

「さぁ、食べよか。」

 と言いながら嬉しそうに自分の好きなものから皿に取り分けていった。せっかくミトも祝う側になった初めての年なので、エイトとしてはもっときちんとした形でやりたかったのだが、嬉しそうな母を見てその気持ちも消えていった。

 テーブル一杯にあった料理は3人では食べきれず、お腹いっぱいになってしまった。ケーキは別腹、と女性2人はケーキを頬張っていたが、さすがにエイトは控えることにした。残った料理をレイコで適温保存し、テーブルの上を片付けていると、アイミがふと真顔になり、エイトに話しかけた。

「エイト、26才まで元気でいてくれてありがとうね。精一杯頑張るんやよ。」

 エイトはあらたまって言われたことで気恥ずかしさもあったが、いつもと違う母親の様子に違和感を感じた。エイトには第七感と呼ばれる能力があり、対面した人たちの気持ちや心理を深く感じ取ることが出来たのだが、なぜか母親にはそのチカラはうまく働かなかったのだ。

 ミトにも同様の能力はあったが、感度はエイトの方が圧倒的に強かった。その分、エイトは対面した人間しか視えなかったが、ミトは電子デバイス上で見た人間のことも少し視えるという特性があった。

 2人はその能力を活かして、決断代行屋をしていた。8年前から日本でもベーシックインカム制度が導入され、16才以上の国民には毎月7万円が支給され始めたこともあり、それまでの働き方は大きく変わっていくことになった。それぞれの個性を発揮して働くことがあたり前になったのだが、それは父イッペーが20年以上前から思い描いていた通りの世界だった。そんな父をもった2人は、世間の常識が変わる前から、現代を見据えた教育機会を与えてもらっていたのだ。そして2人は自分たちの武器を活かして、多様化が進み、選択肢も増えた社会で決断することが難しくなった人が溢れる現代において、第七感を活用しての決断代行屋を営んでいた。

 決断代行屋の客には多様な人たちがいて、国のトップ層も含まれていた。そのため、それなりの稼ぎがある2人だったが、売り上げのほとんどを父が立ち上げたファンドに対して、寄付型の投資をすることに費やしていた。第七感を持つ2人は、そのチカラで必要以上の稼ぎを生むことのリスクを感じ取っていたのだ。

 母アイミのいつもと違う雰囲気に違和感を覚えながらもエイトは自分の部屋に戻った。いつものルーティンで収縮式のベッドを広げようとしたところで、デスクの上に異物があることに気づいた。

 それは今まで目にしたことのない奇妙な造形のデバイスだった。三角錐が二つ重なったような形で、ゲームやファンタジーの世界とかに出てきそうな、一見しただけでは合理性のない造形に見えた。それと同時に造形の奇妙さとは裏腹に、どこか懐かしさも感じた。こう言う時に自分自身に第七感を使えないことがもどかしい。触れて良いものか否かの判断がつかない。何よりどう起動するのかもわからないのものでもあった。危険物ではないのか、という考えも僅かながら頭にはよぎったが、それ以上に自分の好奇心が抑えられなかった。

恐る恐るその奇妙なデバイスに近づこうとすると、ふいにそのデバイスが光りだした。

(生体認証完了。イシハラ エイト26才と断定。起動シークエンスに入ります)

 機械的な音声が流れると、そのデバイスからホログラムが浮かんだ。それはかなり旧式のホログラムに見えた。そしてホログラムに映し出されたのは、父イッペーの姿だった。その姿を見て、エイトは心臓の鼓動が未だかつてないほど早まるのを感じた。

 父の姿は記憶にある10年前の姿ではなく、それより10才は老け込んだ姿だったのだ。
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