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文字数 2,209文字

 ある朝、目を覚ますと何か違和感を覚えた。洗面台に行き、顔を覗き込むとそこには妻織江(おりえ)の顔があった。
 自分の顔が妻と同じになってしまったのだ。
 自分の身体をペタペタ触る。パンツの中も確認する。
「な、ない!?
 顔だけではない。身体も妻と同じになってしまったようだ。
「あなた、どうしたの? ……あら、まぁ」
「起きたらこうなってたんだよ。オレだよ。清彦だよ」
 妻がパジャマからはみ出したパンツのゴムを見た。
「それって、私のボクサーパンツよね?」
「あぁ、昨日自分のが全部洗濯されてたんで、お前のパンツを拝借したんだ。同じようなボクサーパンツだから、まぁいいやと思って」
「私のパンツで一晩過ごしたんで、私になっちゃったのね」
「じゃあ、脱げば元に戻る?」
 パンツを脱いでみた。が、元には戻らない。
「一晩穿いてたんで、すぐには戻らないんじゃないかな? パンツを脱いで一晩寝れば戻るわよ、きっと」
「そうかなぁ……」
「それより、その姿のままじゃ会社に行けないでしょ。今日は有給休暇を使って休んだら? 最近忙しかったから疲れが溜まってるんでしょ。だから、そんなことになるのよ」
「そうだな。そうするか」
 オレは妻の名を語って会社へ電話を入れた。
「これで、今日一日はフリーね。ねぇ、久しぶりなんでショッピングに行かない?」
「えー、この姿で?」
「大丈夫、大丈夫。服貸してあげるから」
 オレに着せる服を選ぶ妻は楽しそうだ。しばらく仕事が忙しくて妻に構ってやれなかったのでこれはこれでいいか。
「ねぇ、これなんかどう?」
 渡されたのは、ひらひらのスカート。
「さすがにスカートを穿くのは抵抗があるなぁ……。ジーパンがあったよね」
「むー、仕方ないなぁ」
 結局、Tシャツにジーンズという普段とあまり変わらない衣装となった。違うのはTシャツの下にブラジャーを着けていること。
「会社を休んで遊びに出かけているところを他の社員に見られたらどうしよう……」
「大丈夫だって。今は私の姿なんだから会社の人に見られても分からないって」
「それに、もし途中で元に戻ったら、大惨事になっちゃうんじゃ……」
「大丈夫だって。今日一日はそのままだって」
 妻に手を引かれ街へと繰り出す。
 二人並んで歩いているとまるで双子のように見えるだろう。
「私、新しい服が欲しかったんだ」
 そう言って、デパートの婦人服売り場へと足を踏み入れた。
 楽しそうに服を選んでいる。黙って見ているだけで、妻が喜ぶんだから楽なものだ。
 そのうち、妻がシャツとスカートを持ってきた。
「ねぇ、これなんかどう?」
「うん、いいんじゃない」
「はい、じゃあ着てみて」
「えぇー! オレが?」
「大丈夫、今は私の姿だからサイズも一緒でしょ。鏡だと分かりにくいところも、他人の視点だと客観的に見られるでしょ。ね、だから早く!」
 渋々試着室へ入り、試着する。
 うぅ、スカート穿くのか……。クセになったらどうしよう。
「……どんな……感じ?」
 試着室のカーテンを開け、妻に妻の姿を晒す。
「うん、いい感じね。これに決めた。ねぇ、買ってもいいでしょ?」
「あぁ、好きにしていいよ」
「やったー!
 店員さーん! これください。あっ、そのまま着てくんで」
「えぇー!?
 スカート姿が落ち着かない。
 家の扉を開けっ放しにしてお風呂に入っているかのような不安を感じる。
 スースーする感じが尿意を呼び起こす。
「ちょっとトイレ」
 えーと、男子用に入ったらマズイよな。でも女子用に入るのは抵抗があるなぁ。
「大丈夫、大丈夫。さっ、一緒に入ろ」
 妻に引っ張られて女子トイレへ。
 さすがに個室は別だ。
 便座に腰を降ろすと目の前に見たこともない装置がある。
 『音姫』と書いてある。センサーとなっているところへ手をかざすと――
「ザーザーザー」
 水の流れる音がし始めた。
 これはアレか、オシッコの音を誤魔化す装置!
 噂には聞いていたが本当に実在するとは!
 ザーザー音がしているうちにオシッコを済ませた。

 その後も、デパートを色々見て回り、妻はすっかり上機嫌だ。
 今日は一日街を歩き回ってクタクタだ。
 いつもより早く寝室へと向かった。
「今晩はパンツを脱いで寝てね」
「本当にそれだけで元に戻れるんだろうか?」
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと戻れるから」
 妻はベッドに横たわるとすぐに寝てしまった。
 かなり疲れてたのだろう。すっかり熟睡してしまった。
 しかし、妻はかなり楽観的だな。あの根拠のない自信はどこから来るんだろう。
 いや、ひょっとして……。
 根拠がないんじゃなくて、根拠があるとしたら……。
 変な考えが頭に浮かんで離れない。
 この不安を解消するには試してみるしかない。
 オレは恐る恐る妻のパジャマのズボンとパンツを脱がした。
 妻はそんなのお構いなしに眠り続けている。
 明日の朝には笑い話になるだけだ。それで不安も解消さ。
 オレは妻の寝顔を横目に眠りに就いた。

 ――目が覚めた。
 カーテンの隙間から差す日の光。朝だ。
 すかさず股間へ手を伸ばす。
 ある! 戻っている。
 妻の言うとおり朝には元に戻っていた。
 そして、妻の方へ顔を向けると、そこには――
「うわぁああー!!」

(了)
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