今日は

文字数 2,931文字

 午前6時、目が覚めた。設定していたアラームが鳴る1時間も前。
 ベッドから起きてカーテン全開。青い空に浮かぶ柔らかそうな雲、眩しい太陽!
 今日はなんだかいいことありそう!
 こんな日に大学の講義を受けているなんてもったいない!
 居ても立っても居られずに、部屋から飛び出して手早く準備を済ませる。
 出発確認! ポケットに財布よし! 首からかけたカメラよし! 右手にときめき、左手にちょっぴりの不安と希望、胸いっぱいに好奇心よし! スマートフォン? そんなものはいらないよ!
『いってきます!』
 レンズに写る元気な姿。幸先いいスタート。さあ、外の世界に出かけよう!

 外は、慌ただしい人で溢れている。街のド真ん中に突っ立って辺りをゆったり眺めていると、何だか特別になったみたい。しかし人々は

を邪魔なものでも見つめるように避けて、足早に行きかう。ごめんなさいね。
『みんな、忙しいんだね』
 そんな風景を一枚パシャリ。うん、悪くない。

 信号待ち車の窓からワンコが首を伸ばしている。かわいい。一枚パシャリ。風に吹かれて気持ちよさそう。いい表情だ。もう一枚パシャリ。
 運転席に座る恰幅のいいおじさんがこちらに気が付いた。カメラを向けるとニコッと笑い親指を立てた。パシャリ。そのタイミングで信号が変わった。車は颯爽とかけていく。
『グッドラック! また会おう!』 
その後ろ姿に、親指を立てて返した。

 野良猫を見つけた。

太っちょ。気持ちよさそうにお昼寝中。
 そろりそろりと足音消して、近づいた。パシャリ。シャッター音に怪訝な表情。
 お昼寝を邪魔してごめんなさいね。猫はふあぁとあくびをした。それがうつってふあぁぁと、あくびが出た。
 猫は煩わしそうに立ち上がり、のっそのっそと歩き出した。ついていってもいいのかな? 一歩、また一歩、歩幅を合わせてゆっくり進む。猫が振り返った。後ろになにかあるのかな?
 何もなかった。前を見る。猫は走り出していた。しまった、フェイクか!
『待って!』
 言わずとも、たった数メートル先で疲れたように

がいた。パシャリ。

 まだまだお昼は遠いのにお腹が空いた。朝ごはんは食べたけれど、元気いっぱいな分、消費も激しいのだ。
 目の前におにぎり屋さんを発見! がま口財布——ガマちゃんと呼んでいる——をポケット越しに叩くとチャリンと音が鳴る。中身確認、オッケー!
 ガラガラと引き戸を開けていざ入店。
 若くてきれいなお姉さんがいらっしゃいと出迎えてくれた。けれどそんなものには目もくれず、ガラスケースにずらりと並んだおにぎりの具たちの方に見惚れてしまう。お姉さんはちょっと苦笑い。
 このお店は、具を注文すれば目の前で炊き立てのご飯を握ってくれるみたいだ。ツナマヨ、昆布、鮭にたらこ。シラスもおいしそう。目移りしちゃう。全部食べちゃえ。
 注文を受け付けたお姉さんは嬉しそうに受け答えし、気合を入れた。真剣な表情。
 炊飯器から取り出した熱々ご飯を全くひるまず丁寧に、力強く握っていく。その姿に思わずカメラを構えてしまった。許可もなく、一枚撮ってしまう。しかしそれを不快に思うことなく、お姉さんは一度ほほ笑んでからすぐにまじめな顔に戻った。職人の顔つきだ。
『かっこいい』
 負けじと写真を撮った。けど、負けちゃった。全然悔しくないね!

 どこか食べれるところを探して町を歩く。公園でもあればいいのだけれど、随分と遠くまで来てしまったからどうだろう。あるかな? 見つけた!
 何の変哲もない普通の公園。遊んでいる賑やかな子どもたちがいれば最高だったんだけれど、人影はベンチに座る制服姿の少年ひとり。どこか憂い気。どうかした?
 無視された。許可を取ることなく隣に座る。少し避けられた。大丈夫。すぐにその距離を埋めてやったぜ!
 彼が顔を上げた。そして目があった。睨まれている。ひどい目つき。優しい笑顔をお返ししましょう。そっぽ向かれちゃった。もう、照れ屋さんなんだから!
 ぐうーとお腹がなった。忘れていた。お腹空いてるんだ。そして、おにぎりがあるんだ!
 早速一つ取り出してパクつく。おにぎりにかぶりついても形は崩れない。それなのに口に入った途端お米がほろほろと簡単に崩れる。フワフワで、お米の粒は全く潰れていない。粒一つひとつがしっかりしていて噛めば噛むほど甘い! なんだこれ、どうなっているんだ!? あのお姉さん本当に職人さんだった!
 飲み込むことを惜しむように白米だけを存分に味わってから、具とのハーモニーを確かめるために、二口目。おっと、昆布か。いきなり当たりを引いてしまったみたいだ。うまい! うますぎる!
 あっという間に一つ目をたいらげてしまった。さて二つ目は? おにぎりの入ったビニール袋を探る。全部が当たりのくじを引いているみたいでとってもワクワク!
 ぐうー。
 あれ? あれあれ?
 もしかして、少年、お腹空いたのかな?
 自慢するように見せびらかすと、怒ったように立ち上がったから、それを引き留めて伝えるの。
『一緒に食べよう!』
 制服姿である少年が平日の昼間に、どうしてこんな所にいるのかなんてどうでもいい。お腹が減ったんでしょう? だったら満たせばいいんじゃない?

 少年と別れて、また歩き出す。ここは閑静な住宅街。なんだか音を立てるのは申し訳ない。息を殺して、ころして。コロコロ転がりたくなった。前転!
 起き上がった目線の先には、洗濯物を干しているおじいさん。ぽかんとこちらを見降ろしている。恥ずかしくなった。無性に走りたくなった。
 カメラを胸のあたりに構えて、よーいドン。
『みないでぇぇええええ!!!』
 走りながら、何度もシャッターを切る。間違いなくブレブレだろう。もうね、きっと最高なんだよ。

 気が付けば堤防に来ていた。切れた息を整えるために、座り込む。川面がキラキラと輝いている。きれいだ。
 水は、不思議だ。どうしてって、そんなの訊くのは野暮だと思わない? 不思議は不思議だから不思議なんだ。だから、水が不思議なのは、不思議だから。でもひとつ言えることがある。
 不思議は素敵。
 パシャリ。
『あら不思議』
 この写真、素敵じゃない?

 夕暮れ。疲れてきちゃった。そろそろ太陽とも、元気ともお別れ。帰り道は少し重い足取り。
 みんなも疲れた顔。それでも今日一日がんばったから? ゆっくりと確実に、家へ向かっている感じ。
 やっぱりなじまないなぁ。なんでか。パシャリ。
『みんな、帰るんだね』
 そんな風景の一部に、

のだろうか?

 お風呂に入った。ご飯も食べた。ベッドに飛び込む。
 今日も一日楽しかった! 写真を見て、振り返る。
 あんなことがあって、こんなことがあった。いつだってそうやって振り返れる、素敵な「今日」にしたいな!
 「不思議」な今日にできたらいいな。
 シャッターを切る。最後の「今日」を切り取る。
『おやすみなさぁい』
 それじゃあ、また。次の「今日」で会いましょう。
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