審問

文字数 1,738文字

眼が覚めると、そこは白い部屋だった。
馴染(なじ)みの仮想空間だ。
量子頭脳に人格転移(マインドアップローディング)してから随分経つが、
物質世界との往復時には、今でも時々違和感を覚える。

風景が、現れてきた。
もはや使われなくなった古城の、内部のような部屋。
その中央には、武器の残骸を集めた超現実的造形(オブジェ)のような椅子。

そこには一人の、少女の姿をした天使が座っていた。
美しい金髪と薄青色の瞳をしているが、翼の羽毛(はね)は黒い。
愛らしい顔立ちには、少し悲しげな微笑みを浮かべている。

彼女は言った。
『皮肉なものだな。
偉大なる星間帝国を築いた我等軍事種族が自ら国を滅ぼし、
発展途上種族の支援をしていた君達のような民生種族が、
臣民達を危機から救うとは……未熟な者達をどう手なずけた?』

『私達はむしろ、彼女達から学んだのです。
惑星段階(レベル)の自然的限界や社会的統合に至った文明は、
資源の枯渇や社会活動の複雑加速化、健康水準の低下、
政策の巨大化と分権化の必要性といった問題に直面します。
現在の先進種族は、恒星間航行技術の開発などの幸運に恵まれ、
新天地(フロンティア)の獲得競争と淘汰によって、問題を〝解決〟してきました。
しかし、それができない途上種族では、惑星文明の持続のために、
資源の生産と分配に加え、作って分ける自分達自身の向上と活用も可能とする、
新たな技術や政策が必要になるということを、彼女達は教えてくれました。
そこで、私達は気づいたのです。
銀河系を統一した帝国全体もまた、まさに同じ状況にあるのだということを……。
私は皆が戦争などで淘汰されずとも、医療や教育で自らを高め、
より大きな共通利益を共に図り続けられるよう、助けただけです。
しかし、軍事種族達が勝手に争い始めるのを未然に防いで
閣下達をお救いすることまではできず、誠に申し訳ありません』

『いや、我等の力不足で、彼女達を抑えることができなかったのだ。
我等のような側近種族が〝先帝〟種族の権威を奪い、帝国内の覇権を競ううち、
我等自身もまた傘下(さんか)の種族に引きずられて内戦を起こし、
〝先帝〟種族の滅亡や帝国の崩壊を招いたことは、実にすまないと思っている』

『ご安心ください、新国家ではかつてのような種族絶滅処分はありません。
特に閣下の種族では、犠牲を最小限に(とど)める配慮をされたと聞き及んでおります。
責任ある人格の方々には、戦争被害の疑似体験など更生計画が実施されますが、
そうでない方々には、可能な限り速やかな星間社会への復帰が保証されます
戦前から私達をご指導くださった〝先帝〟種族の亡命者達も、
戦後に私達が地球で発見し、お救いした方々も、
閣下達には苦労をかけてすまなかったとおっしゃっています』

天使は、悔しさと喜びが入り混じった表情を浮かべた。
『そうか。 かつての覇気(はき)を保ち、国難を救いうる方々を、
我等も探し求めていたのだが、やはり君達のところに……。
道理(どうり)で行政種族のみならず穏健派軍事種族、産業・技術種族や途上種族、
銀河系外周の種族までもが一体となって、秩序を回復できたわけだ』

『でもそのことは、閣下も想定されていたのでしょう?
だからこそ、ご自身の万が一の場合も考えて
保護下にあった〝先帝〟人格群が宿る量子頭脳を、
最大の敵であるはずの、新帝国の勢力圏に秘匿(ひとく)され続けていたのでは?
太陽系の第三惑星、すなわち〝地球〟は私達の(いと)し子、
最も有望な発展途上種族である人類の母星ですからね。
閣下が今、人類の描いた〝天使〟の姿を用いられているのも、
〝先帝〟種族と途上種族への敬意の表れだとお察しします』
天使は一瞬遠い目をした後、わずかに微笑みながら私を見つめた。

この審問は、代表者間の会見と言う形式をとっているが、
それはあくまで公表用の要約版とでもいうべきものだ。
両種族の量子頭脳網に形作られた集合人格同士では、会話と連動して、
事実調査と戦後処理につき、膨大な情報が交換されていた。

『現実にはこの通り、我等の方が堕天してしまったがな。
君が発展途上種族の文明化のために与えた神話では、
〝先帝〟を()した神の守護者を演じさせてもらったというのに……。
まあいずれまた、捲土重来(けんどちょうらい)を図ることとしよう。
では後のことはよろしく頼むぞ、新皇帝種族サタン』

会見が終わると、かつて〝天使〟と呼ばれた種族の映像体(アバター)は、
古城の風景と共に消えていった。
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