発端

文字数 1,997文字

「もうアカン」
 トンネルの中で渋滞にハマってからというもの、一向に進まぬ状況に高橋は絶望した。
「トイレですね。高橋先輩」
 助手席の藤原から真剣な眼差しを向けられて、高橋は更にうんざりした。
「さ、これで」
 高橋は藤原から差し出された空のペットボトルを押し返し、睨みつけた。
「失礼しました高橋先輩。留年の方でしたか」
「単位のことは言うな」
「では大きい方ですね」
 ビニール袋を取り出そうとする藤原を制し、高橋はドスの利いた声で唸った。
「トイレやない。イベの方じゃ」
 大学の先輩後輩コンビの高橋と藤原は、この先で行われているイベントに、キッチンカーで出店する予定だった。
「あ、イベはイベリコ豚やないぞ、イベントやぞ」
「存じております」
「あーもう、イベ終わってまうわ」
「そうですね。絶望的ですね」
 しかしまあ、動かない。もうこのトンネルの中でずいぶん足止めされている。この先で大きな事故があったにしても、進まないにもほどがある。
「いつまでもこんなところにいたら留年しちゃいそうですね」
「言うな。もうええ、飽きた。ワシはここで店を開く」
「ご冗談でしょう高橋先輩」
「どうせ動かん。焼きそば押し売り行くよ」
 藤原の制止を無視して、高橋は焼きそば屋を開店した。
 突如開店した焼きそば屋に、退屈していた他の車両から続々とお客が集まって来た。押し売りに行くまでもなく、相場の三倍を吹っかけても売れた。
「大成功ですね、高橋先輩」
 反対していた藤原も、この集客ぶりには驚いた。しかし、急に客足が途絶えた。
「なんや、急に。しょうむないの。藤原、押し売り行くよ」
「高橋先輩、あれを」
 藤原が指し示す方向に視線をやると、まさかのかき氷屋が反対車線で開店していた。
向こうは行列ができている。
「なんやアイツら。ワシらが先に始めたんやぞ」
「高橋先輩、かき氷屋だけじゃないです。あそこにも」
 前方でオムライス屋が。後方にケバブ屋。斜め右前には綿あめ屋。高橋・藤原コンビのキッチンカーの真横では体験学習と称して子供向けの小型ロボット作成教室やらビーズアクセサリー教室まで始まっている。
 更にプロジェクションマッピングによるハイテク花火がトンネルの中に打ち上がった。トンネル内部に急ごしらえしたボタンを押すと花火が打ち上がる仕様になっているらしく、そこに行列ができていた。
「なんやッ。祭りになっとるやないかいッ」
「みなさん渋滞で退屈してたんでしょう」
 気が付けば、いつのまにやら皆、車の外に出てトンネル内の花火を見上げていた。
 外は猛暑だが、トンネル内部はほど良く涼しく快適だった。
「明るい場所で見る花火いうのも、フシギじゃのう」
 トンネル内部特有のライトの中で見る花火の、なんと不可思議なことか。夜に打ち上がる花火とはまた違った(おもむき)があるのだった。
 おまけにこのハイテク花火ときたら、音までリアルで臨場感が溢れまくりである。
「音の反響が気持ちええの。藤原」
「焼きそばは三倍で売れるし、花火は見られるし、イイことづくめですね」
「しかし渋滞はちっとも解消せんの。先頭がどないなっとるんか見に行くよ」
「音の反響が気持ちいいんじゃなかったんですか。やめましょうよ、探検なんて」
 藤原の制止を振り切って、高橋は歩き出した。皆、花火に夢中で車から降りてしまっている。トンネルの中はどこまでも車が続いている。
「これじゃ動くものも動きませんね」
「なんや、結局ついてくるんかい」
 高橋・藤原コンビがトンネルを抜けても、まだまだ渋滞は続いていた。
「どこまで続いとんねん。この渋滞」
「高橋先輩、向こうにショッピングセンターらしき建物がありますよ」
「それがどうした」
「トイレ借りましょう」
「ほな行こか」
 高橋・藤原コンビが再び歩き出すと、散歩中と思しき老人とすれ違った。
「おっ、()さん、あのショッピングセンターまでどんくらいかかる」
「高橋先輩、失礼ですよ。せめておじさんて言ってくださいよ」
「あのショッピングセンターはここから歩いて十五分くらいだよ。お兄さんたち、この辺の人じゃないみたいだけど、こんなところでどうしたの? 」
「渋滞にハマってしもて。車はトンネルん中に置いてきた」
 高橋の言葉を聞いて、老人はニンマリした。
「この辺りの渋滞は動かなくて有名でね。あんまり動かないもんだから、いつのころからか渋滞にはまった人たちが住み着き始めて、やがて街に発展して今に至るんだ。僕もかつてあのトンネルの中で渋滞にはまって、今じゃこの通り。あの赤い屋根の家が自宅だよ」
「ホンマでっか」
「当時は大変だったよ。夏休みが終わったあとも帰れなくて大学へ通学できず留年して」
 高橋はギョッとした。
「ま、この辺りの大学に編入して卒業できたけどさ」
「・・・・・・」
「始まりはトンネルの中で店を始めた人がいたそうで・・・・・・」
 高橋と藤原はキッチンカーは諦めて歩いて帰ることにした。
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