第1話

文字数 1,330文字

 隼也(シュンヤ)が玄関のドアを開けた刹那、両足に抱きついてくる二つの物体があった。(リュウ)(イツキ)、隼也の歳の離れたいとこである。

「シュンにいサッカーしよ」
「シュンにいアイス食べよ」
「シュンにいあれ見て」
「シュンにいあれおれが作った」

右足と左足をそれぞれ龍と樹にホールドされながら廊下を進む隼也を横目に、叔母の和葉(カズハ)は玄関へ急ぐ。

「じゃ、シュンちゃんあとはよろしく」

隼也は子守要員として叔母宅へ招集された。隼也が今日、部活もバイトもないという情報を得た和葉により頼みこまれたのだ。彼女は、五歳の双子、龍と樹をおいて、嬉々として推しの舞台挨拶へ出かけていった。

「シュンにいかくれんぼしよ」
「おう、じゃ、龍が鬼な」
「おれ龍じゃなくてイ・ツ・キ!」
「シュンにいおんぶして」
「おれも!」
「待て、樹が先だ」
「樹じゃない! おれリュウ!」

 言い争う姿も愛おしく、隼也はわざと二人の名を間違えて呼んだ。もみくちゃにされながらも隼也は双子がかわいくてたまらなかった。隼也には二つ離れた中学生の弟がいたが、兄弟と異なりいとことはなんたるかわいいものかと思う。

「シュンにいおかし食べよ」
「シュンにいこれあげる」

 散々遊び、湧き上がる情動が少し落ち着いた双子は隼也にお茶を入れた。和葉から、もてなすように、と言いつけられていたことを思い出したのだ。
 龍は冷凍庫から氷を取り出しコップへ浮かべる。一方その頃樹は、レンジでコップを温めていた。隼也の前に、じゃがりこときのこの山、コップが二つ並ぶ。

「シュンにいのんで。つめたくておいしいよ」
「おれはあったかいのがすき。シュンにいはあったかいのすき?」
「氷いれた方がおいしいよね、シュンにい」
「氷いれたのなんておいしくないよね」
「あったかいのなんてきもちわる」
「あったかいのきもちわるくない。おいしいよね? シュンにい」

隼也は交互にコップのお茶を飲んだ。

「これは!」

そう言って目を見開く隼也を双子は固唾を飲んで見守る。

「おいしいのは……こっちだ!」

おいしすぎてたまらない、というように、隼也はわざと、どちらのコップを指すのかわからぬように、手をわなわなと震えさせながら二つのコップを指差した。隼也の名演技に、双子はげらげらと笑い、何度もどちらがおいしいか教えるようにせがんだ。おかしを食べながら、双子のあたたかい冷たい論争は、じゃがりこ赤緑闘争、きのこたけのこ戦争へと発展したが、隼也がどちらもおいしいと言えば最終的にそれに倣った。隼也に憧れ、隼也のようになりたい、という点では一致しているようだった。

 遊び疲れた双子は昼寝した。寝顔はますますそっくりだった。隼也は二人の頭をなで、頬をつつき、腹をとんとんとさすった。どうなって欲しいとは思わない、と隼也は思う。二人から猛烈に好かれていることはわかっていたが、好かれたいとも思わなかった。今はかわいく思って相手をしているが、弟のような生意気な中学生になったならどうだかわからない、とも思う。ただ今は、龍と樹がここに寝転がっているだけで隼也は満足だった。

 隼也も眠気を覚え、双子の間で横になる。テーブルの上では氷の溶けたお茶とすっかりさめたお茶の二つのコップが、どちらがどちらだったかもわからなくなって並んでいた。
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