忘れられない友だち

文字数 1,997文字

 中学生の頃、
 同級生に吉田くんという男の子がいた。
 彼はいつも午後に帰っていった。
 いつも、それも毎日。
 お昼をみんなと一緒に食べたら、午後は帰ってしまうのだ。
 なぜ、帰るのかと尋ねても、吉田くんはただ微笑むだけだった。
 みんな、噂していた。
 吉田くんは、ひょっとして芸能人じゃないか。
 子役の芸能人で、午後からは仕事に出ているんじゃないか。
 しかし、いくら芸能人とはいえ、毎日のように仕事があるだろうか、という疑問がみんなには湧いていた。
 そんなに人気があるのなら、どこかで見たことがあるはずだ。
 しかし、テレビでも雑誌でも他のメディアでも、吉田くんの姿を見たことはなかった。
 となると、芸能人説も怪しくなる。
 ならば、なぜ、吉田くんはいつも午後になると帰って行くのか。

 うちの学校は私立の中高一貫校。
 吉田くんは成績もよく、しかも特待生だった。
 また、かなり遠くから電車で通っていたので、みんなで後をついて行くこともできなかった。
 わかったのが、中学2年になってすぐのこと。
 担任の先生が口をすべらせた。
 吉田くんはやっぱり働いていた。
 しかも、自分の家の商売を手伝っていた。
 吉田くんの両親は揃って病気がちだったらしい。
 吉田くんは代わりに一生懸命、働いていた。
「言ってくれればよかったのに」
 実家のラーメン屋を手伝ってるんだって。
 けど、吉田くんは自分からは決して言わなかった。
 だから、みんなも内緒にしていた。
 吉田くんが一生懸命、働いていることをみんな知っていたけど、吉田くんにはいっさい、話さなかった。

 そして、事件は起きた。
 ずん胴鍋をひっくり返して、大やけどをしたという事件だ。
 吉田くんは沸騰してぐらぐらのラーメンスープを全身に浴び、大やけどをした。
 吉田くんは身体が小さかったから、大きなずん胴鍋を移動させるのに四苦八苦していたらしい。
 鍋をひっくり返してしまい、倒れてきた鍋のスープが吉田くんにすべて覆い被さってきた。
 吉田くんは気を失って倒れた。
 なんとか一命を取り留めたけど、予断を許さない状態だった。
 みんなでお見舞いに行こうってことになったけど、とても話せる状態じゃないからって、ご両親に断られた。
 みんなは心配した。
 吉田くんともう会えなくなるんじゃないか。
 ものすごく不安だった。

 3か月後、
 何とか吉田くんは持ち直し、学校にも通える状態にまで回復した。
 けど、吉田くんの姿は痛々しかった。
 まだ包帯を全身に巻いていて、気の毒だった。
 それでも、吉田くんは気丈に振る舞って、学校に来た。
 いつも明るく、笑顔の吉田くんがそこにいた。
 どうしてそんな姿になったのか、みんな知っていたけど、吉田くんには誰も聞かなかった。
 みんな触れないようにしていた。
 いつも通りの日常が、そこには戻った、そう感じていた。

 けれど、それからまもなくのことだった。
 吉田くんが休みがちになって、調子でも悪いんじゃないかって、みんなが心配しはじめた頃。
 吉田くんが亡くなった。
 やけどが原因だったらしい。
 吉田くんは、たった14年の生涯を閉じた。
 みんなは泣いた。
 あんなに明るかった吉田くんが、こんなに早く逝ってしまうなんて、信じられなかった。
 一度でいいから、吉田くんの作ったラーメンを食べてみたかった。
 スープはどんな味がしたんだろう。
 ご両親から受け継いだ味なんだろうけど、吉田くんの味を味わいたかった。
 

 あれから20年。
 みんな30代になったけど、集まれば必ず、吉田くんの話になる。
 吉田くんはすごい人だったって。
 みんな笑顔で思い出を語る。
 吉田くんはいつも笑っていた。
 どんなにつらくても、いつも笑顔だった。
 だから、吉田くんの思い出も、みんな笑顔で語っている。
 同窓会では、吉田くんの遺骨が納められているお寺にお参りに行こうってことになった。
 みんなで訪れると、立派なお寺だった。
 吉田くんはここに眠ってるんだねって話した。
 帰り道、吉田くんの実家に寄ってみたけど、ラーメン屋はなかった。
 吉田くんが亡くなったと同時に、店も閉めたんだって。
 だから、みんなで吉田くんの実家近くのラーメン屋に入った。
 そこでも吉田くんの話で盛り上がった。
 すると、ラーメン屋の店主が、
「ひょっとして、吉田さんのことですか?」
 そう聞いてきた。
 みんなでそうだと答えると、
「私も吉田さんにラーメン作りを教わったんですよ」
 店主は言った。
 その場にいた全員が、
「え?」
 という表情になった。
「吉田さんのお父さんに教わったんです。息子の分まで味を受け継いでくださいってね」
 みんな、納得した。
 そして、みんなで吉田くん、美味しいよと言って、ラーメンをすすった。
 全員が目に涙を浮かべていた。
 ラーメンの味はとてもおいしかった。
 ここへ来ればいつでも吉田くんに会える。
 そんな気がしていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み