かみのまにまに
文字数 1,997文字
「♪かみのまにまに」
最近すっかりおなじみになったフレーズを口ずさみながら、バイト帰りの夜道を歩く。ここ一週間くらいかな。これが頭の中を廻っているのだ。けど何の曲の一部だったか、僕は思い出せないでいた。
「♪かみのまにまに」
気を抜いた瞬間、口からこぼれ出てしまう。おかげでバイト中に何度も笑われ、ゼミでは教授に睨まれてしまった。
くそっ。思い出せなくてすごくもやもやする。友達にも聞いてもらったが、何の曲かは分からずじまい。
もちろんスマホで調べたりもした。たが、検索ですぐに出てきた曲ではなかった。多分、古い曲なのだ。だってこのフレーズが出てきたのは、小学生の頃の思い出を話していた時だったから。
家族旅行での長距離ドライブ。恐らくその時に聞いた曲だ。それもたまたま。
なんだっけかなぁ。
そんなふうに考え事をして歩きながらも、僕は通り過ぎることなく道端の祠の前で立ち止まる。石造りの本当に小さな祠で扉はついていない。中には可愛らしくデフォルメされた狐の石像が二つ、向かい合うように置いてあった。祠にくらべて随分新しい。
この祠は僕の住んでいるアパートのすぐ横にある。多分、お稲荷さんだ。大学に進学してこの街にやって来たのだけど、最初は存在していることに気づかなかった。
何のきっかけでこのお稲荷さんに気づいたのかは覚えていない。けど中に見える狐の石像が妙に可愛らしくて、目の前を通る度に拝むようにしていた。
「♪かみのまにまに」
拝みながらまた口ずさむ。そう言えば近頃は拝む度 に言ってる気がする。だって、何か願いながら拝んでるわけじゃないもんな。ただの習慣。無心で拝む。だからなのか、ついうっかり口に出るのだ。
拝み終えると、僕はアパートの階段を上った。明日は講義もないし、バイトも入れてない。残念なことに遊ぶ予定もないが、家でだらだらするのも悪くない。
ああしまった。ビールを買ってくればよかった。もうなかったよな。
☆
「おめでとーございます!」
「あなたの願いは叶いました!」
朝。いきなり子供の声がして起こされた。というか驚いて飛び起きた。
目の前には多分、子供が二人ほど立っていた。なんで「多分」かって? だって二人とも神主みたいな格好をして、狐のお面を被ってたから。でも声と身長からして、子供だと思う。
「え? え? なに」
驚き半分。寝ぼけ半分の働かない頭にむち打って、なんとか状況を理解しようとする。
昨晩は帰宅後、コンビニにビールを買いに出た。そして帰ってから三本ほど飲んで、そのまま寝てしまった。きっと、その時に子供を連れて来たんだな。ご両親が帰って来なくて、部屋に入れずにいたこの子たちを可哀相だからって……そんなわけあるか!
このアパートは単身者用だ。それに、こんな格好してる子供なんているかよ。
「えっと……君たちどうやって入ったの?」鍵は掛けたはずだ。「っていうかどこの子?」
「私たちは、あなたの願いを叶えるためにやってきました!」
二人が同時に喋る。綺麗なハーモニーだ。
「僕の……願い?」
「はい。毎日毎日、熱心に祈ってくださったので」
「その熱心さに心打たれました」
今度は交互に喋った。狐のお面をしているから、声の聞こえる方向しか分からない。でも間違いなく交互に喋っていた。
「あの祠を任されてまだ日が浅いのですが」
「あれほど熱心に祈ってくれたのはあなたが初めてです」
へ? 祈る? 祠? あ。狐のお面してるのって、まさか――
「そうです。あなたがいつも祈っている祠の狐です!」
僕の心を読んだのか、それとも考えが顔に出たのか、綺麗なハーモニーで狐面 たちは言った。っていうかお稲荷さんたち?
「というわけで、どーぞ!」
二人(って数え方でいいの?)が同時に言うと突如、空中に大きな袋が現れた。七福神の誰かが持ってそうな大きな袋。かなり重いらしくどさりと落ちる。
「さあさあ」
「開けてみてください」
たたみかけるようにお稲荷さんたちが言う。考える暇を与えずに契約を迫る悪徳業者もかくやだ。そして僕も被害者よろしく、つい袋の中を覗いてしまう。
そこには大量の――札束が入っていた。ドラマでしか見たことないような、百万円の束がたくさん。
「いやいやいやいや。ちょっと待って。何これ。僕こんなの頼んでませんよ!」
そりゃお金は欲しい。仕送りだけじゃ厳しいからバイトもしてる。欲しいものだってたくさんある。でも、あの祠にお金が欲しいなんてお願いしたことは一度もない。
そもそもお稲荷さんって金運の御利益あったっけ? ってか普通、神さまが直接お金持って来る?
「え? だってあなた最近」
「ずっとお願いしてたじゃないですか」
戸惑うように顔を見合わせるお稲荷さんたち。そして同時に僕の方を見ると、綺麗なハーモニーが聞こえて来た。
「〝紙のmoney money〟って」
<了>
最近すっかりおなじみになったフレーズを口ずさみながら、バイト帰りの夜道を歩く。ここ一週間くらいかな。これが頭の中を廻っているのだ。けど何の曲の一部だったか、僕は思い出せないでいた。
「♪かみのまにまに」
気を抜いた瞬間、口からこぼれ出てしまう。おかげでバイト中に何度も笑われ、ゼミでは教授に睨まれてしまった。
くそっ。思い出せなくてすごくもやもやする。友達にも聞いてもらったが、何の曲かは分からずじまい。
もちろんスマホで調べたりもした。たが、検索ですぐに出てきた曲ではなかった。多分、古い曲なのだ。だってこのフレーズが出てきたのは、小学生の頃の思い出を話していた時だったから。
家族旅行での長距離ドライブ。恐らくその時に聞いた曲だ。それもたまたま。
なんだっけかなぁ。
そんなふうに考え事をして歩きながらも、僕は通り過ぎることなく道端の祠の前で立ち止まる。石造りの本当に小さな祠で扉はついていない。中には可愛らしくデフォルメされた狐の石像が二つ、向かい合うように置いてあった。祠にくらべて随分新しい。
この祠は僕の住んでいるアパートのすぐ横にある。多分、お稲荷さんだ。大学に進学してこの街にやって来たのだけど、最初は存在していることに気づかなかった。
何のきっかけでこのお稲荷さんに気づいたのかは覚えていない。けど中に見える狐の石像が妙に可愛らしくて、目の前を通る度に拝むようにしていた。
「♪かみのまにまに」
拝みながらまた口ずさむ。そう言えば近頃は拝む
拝み終えると、僕はアパートの階段を上った。明日は講義もないし、バイトも入れてない。残念なことに遊ぶ予定もないが、家でだらだらするのも悪くない。
ああしまった。ビールを買ってくればよかった。もうなかったよな。
☆
「おめでとーございます!」
「あなたの願いは叶いました!」
朝。いきなり子供の声がして起こされた。というか驚いて飛び起きた。
目の前には多分、子供が二人ほど立っていた。なんで「多分」かって? だって二人とも神主みたいな格好をして、狐のお面を被ってたから。でも声と身長からして、子供だと思う。
「え? え? なに」
驚き半分。寝ぼけ半分の働かない頭にむち打って、なんとか状況を理解しようとする。
昨晩は帰宅後、コンビニにビールを買いに出た。そして帰ってから三本ほど飲んで、そのまま寝てしまった。きっと、その時に子供を連れて来たんだな。ご両親が帰って来なくて、部屋に入れずにいたこの子たちを可哀相だからって……そんなわけあるか!
このアパートは単身者用だ。それに、こんな格好してる子供なんているかよ。
「えっと……君たちどうやって入ったの?」鍵は掛けたはずだ。「っていうかどこの子?」
「私たちは、あなたの願いを叶えるためにやってきました!」
二人が同時に喋る。綺麗なハーモニーだ。
「僕の……願い?」
「はい。毎日毎日、熱心に祈ってくださったので」
「その熱心さに心打たれました」
今度は交互に喋った。狐のお面をしているから、声の聞こえる方向しか分からない。でも間違いなく交互に喋っていた。
「あの祠を任されてまだ日が浅いのですが」
「あれほど熱心に祈ってくれたのはあなたが初めてです」
へ? 祈る? 祠? あ。狐のお面してるのって、まさか――
「そうです。あなたがいつも祈っている祠の狐です!」
僕の心を読んだのか、それとも考えが顔に出たのか、綺麗なハーモニーで
「というわけで、どーぞ!」
二人(って数え方でいいの?)が同時に言うと突如、空中に大きな袋が現れた。七福神の誰かが持ってそうな大きな袋。かなり重いらしくどさりと落ちる。
「さあさあ」
「開けてみてください」
たたみかけるようにお稲荷さんたちが言う。考える暇を与えずに契約を迫る悪徳業者もかくやだ。そして僕も被害者よろしく、つい袋の中を覗いてしまう。
そこには大量の――札束が入っていた。ドラマでしか見たことないような、百万円の束がたくさん。
「いやいやいやいや。ちょっと待って。何これ。僕こんなの頼んでませんよ!」
そりゃお金は欲しい。仕送りだけじゃ厳しいからバイトもしてる。欲しいものだってたくさんある。でも、あの祠にお金が欲しいなんてお願いしたことは一度もない。
そもそもお稲荷さんって金運の御利益あったっけ? ってか普通、神さまが直接お金持って来る?
「え? だってあなた最近」
「ずっとお願いしてたじゃないですか」
戸惑うように顔を見合わせるお稲荷さんたち。そして同時に僕の方を見ると、綺麗なハーモニーが聞こえて来た。
「〝紙のmoney money〟って」
<了>