文字数 1,319文字

 大学デビューをしたら恋愛ができるものだと思っていた。
 それが間違いだと気づくのに、時間はかからなかった。

 俺は山下恵多(けいた)。大学三年。もうすぐ21歳になる。一人っ子だった俺は、高校までを甘やかされてぼんやりと過ごしてきた。やることなすこと全てぼんやり。もちろん恋愛に関してもぼんやりで、彼女はいたようないなかったようなそんな感じだった。

 大学進学のため、地元を出て一人暮らしをすることになった俺は、そこで一念発起、大学デビューをすることにした。
 入学前に髪を整え、お洒落な服も買った。表情にも気を付けた。大学に入ったら、俺は彼女を作ってバラ色の日々を送ろう。そう心に決めていた。
 ところが、だ。
 気が付けばすでに三年。俺の日常には彼女という存在はなく、できたのは賑やかな同性の友達ばかり。特に、悪友とでもいいたくなるような友人、赤城(あかぎ)卓馬(たくま)とは仲がいい。こいつは周りからイケメンだと言われているようなヤツで、よくモテた。いつも女子が周りにいたけれど、不思議と彼女の話は聞いたことがなかった。ただ、サークルの新歓で隣り合ってから、見た目もモテ度も違う俺たちはずっとつるんでいた。

 その卓馬の顔が、今、その距離四センチのところにある。

 いつものように卓馬の部屋で宅飲みをしていた。そのとき俺はポロッともらしてしまった。

「俺さ、まだキスしたことないんだよね」

 どうしてこういうことを言い出したのかというと、俺は午前中、キャンパスの片隅で卓馬が女子にキスされてるのを見てしまった。経験のない俺が愚痴を言いたくなるのは当然のことだと思う。
 けれど、それは確実に俺の首を絞めた。なぜか卓馬が食いついてきた。

 卓馬は俺の顔にその顔を近付けて言った。
「恵多、キスは上手くないと。好きな子に呆れられるかもよ」
 その顔がニヤついて見えるのは俺の気のせいだろうか?
「キス、俺が教えてやろうか?」
 言い終わるが早いか、卓馬は俺の口に自分の口を重ねた。優しい触れるだけのキス。俺は驚いて飛び退いた。
「なっ!」
 袖口で口を拭いながら後じさる俺を、卓馬はじわじわと追い詰める。
「恵多」
「卓馬ふざけるにもほどが……」
「ふざけてないよ」
 そう言うと卓馬は俺の体をその腕で絡め取って、さっきとは違った深いキスをした。俺はあまりのことに息継ぎができずにその腕の中で暴れたが、離してはもらえなかった。わけがわからないまま息だけが上がっていった。

 俺の目から生理的な涙がこぼれて落ちた。

 それに気づいたのか、卓馬は口を離してくれた。
「しまった……ごめん」
 卓馬は俺から目をそらして謝った。謝るくらいならするなよ、そう思いながら俺は軽く卓馬の胸に自分の拳を当てた。
「恵多、ごめん。こんなつもりじゃ……止められなかった……」
 俺はわけがわからなくて、小さく卓馬を叩き続けた。卓馬はそれよけることもせず、黙って受け止めていた。

 しばらくそうやっていた。

 吐き捨てるように卓馬が言った。
「本気なんだよ」
 何がだよ。はっきり言えよ。俺はそんなことも言えなかった。

 けれど卓馬、俺、お前からキスされて嬉しかった。

 俺は下を向いたまま、卓馬の胸を叩き続ける自分の両手を止められないでいた。

   おわり
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