猫の探偵はタイムワープする

　　　第１話　出発

　私は猫の探偵です。ただの探偵ではありません。実は人の心を読むことが出来る猫の忍者です。そして、現代から過去まで自在に歴史を旅する能力を持つ、変わったエスパーな猫なのです。名は三蔵といいます。猫の忍びなので、組織に入らず、気楽に毎日生きています。ねこじゃらしをいつも口に咥えています。大抵の場合、人はそれで遊んでくれます。油断させるためです。忍びだも～ん。
　さて、この度、ひょんなことから、時空を旅して、歴史的な事件の真相を突き止め、記事を送る探偵の仕事を引き受けました。その理由は歴史を旅する金田一のようでハクがつくかなと思ったからですが、人間の超能力者に依頼がいかずに、猫の私を選ぶとはお目が高い。
　人間の忍者には、伊賀や甲賀、風魔など色々ありますが、それぞれにサイキッカーを抱えています。映画やテレビによく出てくるFBIやCIAが超能力捜査官などを抱えているのと似たようなものです。でも、所詮人間です。人間には総じて欠点があります。
　人間の欠点は、つい怒ってしまうことです。忍びに限らず、統治する者にも、一般人にもよく見受けられます。ましてや、侍などは怒るとすぐに刀の鯉口をカチャッと切ります。堪忍袋の緒が切れるのです。そんな場に居合わせると、吾輩は、お腹がキンチョーしてオナラが出てしまいます。
　ちなみに私ごとですがオナラをプーしますと、その瞬間、私は自在に時をかけることができるようになります。弱点が武器です。
　さて、人も悪いところばかりではありません。人間は、名言や格言など、いい言葉をたくさん残してきました。その中で私が一番お気に入りの言葉は、「怒っちゃやーよ」です。
「相手の怒りを鎮めたい」という、愛嬌と悲しげな表情が入り混じって発せられるこの言葉のコミカルな表現は、人間の歴史を考えてみると、とてもユーモアのある、味わい深い優れたものだと思っています。
　私たちは毎日、仕事や生活をしていますが、その日に経験した、言葉にできないさまざまな思いを自分の心に抱えて、帰宅する人もいるでしょう。しかし、家族が全員帰宅する頃、街の明かり全体をつくっている光が一つ一つ灯りだします。その窓の中で、テレビからこのギャグが流れると、子どもたちは面白いからと声の調子を真似し、男性も女性もお年寄りもテレビの前で一緒に笑った時代がありました。

　ちなみに、好きな人物は、「春風(しゅんぷう)を以って」の、あの佐藤一斎です。
　吾輩も、時をかけるにあたり、秋霜(しゅうそう)のような厳しさで務めを果たし、人間の行いに対しては、出来るだけ己の春風(しゅんぷう)をもって接したいと思います。
　出発の目出度い門出で、祝砲はありませんが、スタートラインで、緊張したところで、ネコオナラプーっとな。
「シュッパァーツ！」


　　　第２話　国内トラベル

　猫忍がゆく。
　歴史を旅している。

　誰かが、鯉口を切る音がした。
　三蔵が伝書鳩を翔ばす。

　比叡山。
　信長が、僧侶も、女子供も、全部殺せと言っている。
　コイクチの音がした。
　ネコオナラプー。

　ワープした。
　今度は、家康や皆の前で、光秀を蹴飛ばしてる。
　コイクチの音がした。
　ネコオナラプー。

　ワープした。
　しっ。
　信長が、人間五十年って、唄ってる。
　ネコオナラプー。

　ワープした。
　利休の茶室に、花が一輪だけ活けてある。
　秀吉が、その一輪の花を睨んでいる。
　心の中で、コイクチの音がした。
　茶室の中で、ネコオナラプー。


　　　第３話　海外トラベル


　私はご依頼どおり、歴史を旅しています。
　しかも、今回のミッションは、ワールドツアーです。
　ちなみに、ニンジャの世界で、私は最速です。
　なぜかって？
　足の数が、人間の2倍だから。
　ちなみに、亀とよく比較されますが、最近の亀は二足歩行でしょ。
　ゆえに、私が最速です。
　The fastest time traveler.
　英語で、カッコつけたら、おなかが緊張して、ネコオナラプー。

　猫忍がゆく。
　歴史を旅している。

　誰かの心の中で、鯉口の音がした。
　三蔵が経過報告のため、タイムワープでできた穴を使って白い伝書鳩を飛ばす。

　ただ道を歩いているとローマにたどり着いた。
「私の言葉は法律だ」と声高に言う男が劇場に入ろうとしている。
　それなら一緒にと、私も入る。
　ブルータスという男が、この最大の政治力を持つ男を静かに見つめている。
　劇場の廊下は緊張感に包まれていた。
　コイクチの音がした。
　厳粛な回廊で、ネコオナラプー。

　ワープした。
　中国の皇帝が、日本の使いが気に入って、国に返さないと言っている。
　コイクチの音がした。
　ネコオナラプー。

　んー、道に迷った。
　カノッサって書いてある。
　坊さんに王様が跪いている。
　コイクチの音がした。
　ネコオナラプー。

　ワープした。
　19歳の女性が皆を勝利に導いている。
　しかし、彼女は散々利用された挙句、最後は火あぶりにされた。
　誰に？
　コイクチの音がした。
　ネコオナラプー。

　ワープした。
　どこかの近代の国に到着したようだ。
　街角で、誰かが、他国の紛争のお陰で、景気が良くなったと話している。
　バーやレストランからは、「どこかまた別の場所で紛争が起きればいいのに」とか、「儲けたもん勝ち！」と大人たちが笑う声が聞こえてくる。
　笑っている大人たちは家に帰ると、子供たちにプレゼントの箱を手渡した。
　子供たちは気づいていただろうか。
　そのプレゼントの中には、戦時下で生きる子どもの命の重さが詰まっていたことに。
　ネコオナラプー。

　ワープした。
「私には夢がある」とキング牧師が皆に語っている。
　この人がいなかったら、人種差別問題はどうなっていただろう？
　彼は間違いなく、人々の間に築かれた差別の壁を大きく打ち破った。
　その偉人がベトナム戦争反対の演説をした数年後に暗殺された。
　コイクチの音がした。
　ネコオナラプー。

　ワープした。
　国境にトランプが壁を作っていた。
　今度はチャイナウイルスと言っている。
　アジア系住民が黒人に殴られた映像が流れている。
　キング牧師は、どんな思いで、空の上から見ていただろう。
　コイクチの音がした。
　ネコオナラプー。

　ワープして、戻ってきた。
　とある子供部屋に到着した。
　１人の子供が世界の国旗がいっぱい載った図鑑を観ている。
　ラジオからニュースが聴こえる。

　帰還した世界。
　ドイツが最新戦車をウクライナに送った。
　プーチンは戦略核をちらつかせている。
　心の中で、コイクチの音がした。
　しかし、ワープしなかった。
　どうしてだって？
　忍者のスピードより速く、子供が、こうつぶやいたからさ。

「ネコオナラプーチン」