第1話

文字数 1,335文字

こんな俺を見つけてくれる人がいたんだ。今からする話は、そんな些細な俺にとってはちょっとだけ非日常をくれたある人に出会った話。

朝起きた時、俺の心はなんとなく空っぽで、いつものように何も感じていなかった。
ベッドから抜け出して、コーヒーメーカーを起動させる。シャワーを浴びて、
乱雑に散らかったアパートの中を見渡す。いつものことだけど、片付ける気にもなれない。

通勤電車に乗り込むと、窓の外をぼんやり眺めた。外はまだ肌寒く、秋が深まっていくのを感じる。
木々からは枯葉がちらちらと落ちていて、なんとなく寂しい気持ちになる。電車の中で他の人たちを見ても、
皆それぞれの世界に没頭していて、俺はただ彼らの一部であることを感じる。

会社に着くと、いつものように与一さんが笑顔で「おはよう」と声をかけてくる。
彼はいつも元気で、周りに活気を与えるタイプ。俺は彼に軽く頭を下げて応えた。

昼休み、与一さんと一緒に外へ食事に出た時のことだ。普段は一人で済ます昼食を、
彼と共に過ごすことにした。彼が案内してくれたカフェは、柔らかな光と温かい空気に包まれていた。

与一さんがメニューを熱心に説明している間、俺は彼の顔をじっと見つめていた。
「この店のパスタ、本当においしいんだ」と彼が言った時、その目は輝き、声にはわくわくしたトーンが混じっていた。
俺はふと考える。「これが普通に生きてる人間なのかな」。

与一さんが選んだのはトマトベースのパスタ。食事が始まると、与一さんはまたもあのトーンで家族の話に花を咲かせた。「息子がサッカーを始めてね、週末は応援で忙しいんだ」
彼の声には愛情が溢れていて、その瞬間、俺は心の中でつぶやいた。「これが家族愛に溢れた人間というやつなのだろうか」。

いやに情熱的だ「この間、大きな魚を釣り上げたんだ」いつの間にか釣りの話が始まっていた。スマホを不慣れにスワイプ操作で
拡大写真を見せようとしてくる。操作を誤ったのか画面は既に暗転していたが俺は気づかないふりをして「すごいですね」と答えた。興味が無い。

与一さんの話はまだ続いたが、俺の心はすでにずいぶん前から他のところに行っていた。
彼の幸せそうな話を聞いていても、自分にはそれが遠い世界のように思えた。彼の情熱や幸せが、自分の欠けている部分をより際立たせているように感じた。

何の興味もない、そう感じていたはずだったのだが、彼が再びスマホを取り出して、
家族写真を見せてきた時、俺の心は奇妙な動揺を覚えた。写真には笑顔の家族が写っていたが、
俺はそれを見てなぜか殺意に似た感情を抱いてしまった。
与一さんの幸せそうな家族の姿に、理不尽な怒りのようなものを感じていた。その混乱の中、俺は作り笑顔を返した。心の中ではひどく混乱し、
早まる鼓動と漏れ出たかもしれない意思を隠すのに注力した。しかし、その感情が伝わるはずがないことに気付き、ホッとする。

その日の仕事が終わり、家に帰る道すがら、俺はただぼんやりと歩いた。与一さんの話が頭の中でグルグルと回っていたが、
それに対する明確な答えは見つからなかった。家に帰り、部屋に一人でいると、その日の出来事が夢のように感じられた。
俺はベッドに横になり、天井を見つめながらいつものように虚無感と向き合うのだった。
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