第1話

文字数 607文字

深く、溜息を吐く。
既に空は暗い藍色に染められており、月が雲間から見え隠れしている。裏路地の街灯は断続的な点滅を繰り返し、カーブミラーは孤独を纏ったかのように首をすくめている。
自動販売機で購入したブラックコーヒーを飲み、またゆっくりと、溜息を吐く。吐き出された気体は冷たい空気に触れて凝縮し、細やかな結晶を作って暗黒へと消えていく。
ふとスマートフォンの通知を見やると、上司からそのまま帰宅していいとのメールが来ていた。
かしこまりました。
先程、鈴木様への答礼訪問は終了しました。詳しくは明日の朝、ご報告させていただきます。
打ち慣れた返信を即座にすると、鞄の中へとスマートフォンを無造作に放った。
私たち、もう会わない方がいいかもね。
先週、有線で小洒落た音楽がかかる、神保町の喫茶店で彼女に告げられた。
僕はなんと返していいかわからず、数秒押し黙ると、店内に流れているビートルズのヒア・カムズ・ザ・サンが嫌に大きく聞こえた。週末には動物園に行こう、この間までそんな話をしていたのに、それから今日までの道中でどんな心境の変化があったのか。いや、それよりずっと前から、彼女は言い出せずようやく気持ちを吐露してくれたのだろうか。
これまで何人かの女性と交際をしてきたが、いつもフラれるのは僕の方だった。
飲み終えた缶コーヒーを自動販売機横のゴミ箱へ捨てると、カラン、と虚しい音がした。
深く、息を吐く。
白く不透明なもやが、虚空へと舞う。
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