黄色い血が流れる

文字数 1,173文字

 大きな揺れとともに目が覚めた。窓から突き刺すように照っている陽光の先に、白みがかった街並みが見える。正午すぎの電車には、小さな声で談笑するマダム達や、黄ばみかかっている本を読む若者、荷物を抱えながら眠る中年の男など、それぞれが独自の世界を創り出しているかのように、座席に座っている。
「次はイケブクロ、イケブクロ」
 機械のような声が車内に響いた。
(着いたか)
 けだるい面持ちで電車を降り、ある場所へ向かい歩き始めた。
幸助は今年から東京の大学に通っている。上京した当初は、新生活や将来への希望、見たことのないものばかりに目を輝かせていた。しっかりと大学に通い、サークルなんかに入ったり、恋人ができたりといろいろ期待していたのだ。しかし実際はそうはいかない。早くから父を亡くしており、実家には幸助の援助をする余裕もない。学費を稼ぐためにアルバイトをしなくてはならない。生活するにはアルバイトをしなくてはならない。入学当初つるんでいた友人も、幸助が講義に出なくなってからは会うこともなくなった。
 駅から15分ほど離れると、「日本赤十字社 血液銀行』という看板が見えた。幸助は血を売りに来たのである。
 彼はなんの抵抗もなく、コンクリート造りのその建物に入り、白衣を着た受付の看護師のところへ問診表を取りに行った。
「またあんたなの」
 看護師が口を開いた。
「何か文句でも?」
「学生が来るところじゃないよ。学校いきなさいな」
「金が足りないんだ。それに大学に行くために金が要る」
 幸助はそう言うと投げ捨てるように、書き終わった問診表と事前に採っていた検査検体を渡す。
「今日もギリギリね。もっと栄養取るか、日数を空けて来ないと抜けなくなるよ」
「・・・今日は抜けるんでしょう」
「まあね、ほらどうぞ」
 看護師はそういって部屋へ案内した。
 薄暗い廊下を通ると、数人の、いかにも堅気ではなさそうな男たちが血を抜いていた。その中に無精ひげを生やし、うつろな目をして死んだように前を向く中年の男がいた。常連なのだろう。
「あの人はもう駄目ね」
「何がですか」
「血よ。黄色いの」
 確かにその男の血は黄色みがかっているように見える。幸助がこの場所に来るようになって間もない頃、看護師にその現象が何かを聞いていた。どうやら、栄養不足になると赤血球量が減り、本来の暗赤色から淡黄色に変わっていくらしい。
「抜きすぎなの。ああなったらしばらくは抜けないわよ」
「あれでも金はもらえるんでしょ」
「安いけどもらえるわ。ほら、ここよ。座って腕出して」

 血液銀行を出て、大学に向かう途中、あの黄色い血の色と「安いけど」という看護師の言葉が反芻していた。
(食べて栄養をつけなくては)
講 義終わりの愉快に話す学生の群れを尻目に、幸助は採血場でもらったヤクルトを飲みながら、講義室ではなく学生食堂へ向かった。
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