1話読み切り

文字数 1,780文字

 茂雄と久美の夫婦は、空港から特急で帰ることにした。快速も走っているが、停車駅は特急のほうが少ない。本当は快速でゆっくり帰りたいのだが、夜の9時を回っているし、8月最後の土日を使った韓国旅行で、茂雄は翌日から仕事なので仕方ない。
 発車してしばらくすると、茂雄はいつの間にかウトウトしていた。
 ふと目を覚ますと、乗客がだれもいなくなっていた。久美は眠っている。新婚なら、寝顔を見ながらニヤニヤするのだろうが、子供がいないとはいえ、互いに40歳をすぎれば、もうそんな年ではないだろう。
 真っ暗な車窓を眺めていると、ふたつとなりの線路を、後ろから電車が走ってきた。別の路線のようだ。特急より少しスピードが出ていて、ゆっくりと追い越していく。
 特急の明かりでほのかに照らされたその電車に目を凝らした。乗客はみんな和服を着ている。表情は虚ろだ。
 そのとき、乗客の老人と目が合った。体が細いせいか、顔がヤケに大きく見える。茂雄は軽く会釈した。
 しかし、何かが変だ。何が変なのかすぐわかった。車内が真っ暗なのだ。それに、夜10時で満員というのもおかしい。
 やがて、特急は途中駅を通過した。その駅は全体的にすすけている。そこに、先ほどの真っ暗な電車が停車していた。赤いテールランプだけが、ぼんやり光っている。
 ホームが暗くてよくわからないが、その電車から乗客が降りてくるように見えた。しかし、ドアは開いていない。それに、よく見たら回送電車だ。
「あれはのう……」
 突然、後ろの座席から老人の声がした。振り返ろうとするが、体が動かない。老人はとうとうと語った。
 昔戦争中に、ホームに入る直前の電車が爆撃を受け、乗客は電車の中で焼け死んだ。その霊が、駅で降りたいという思いを抱いたまま亡くなったのだと言う。
 話が終わって後ろの座席を見ると、老人の姿はなく、焦げたようなにおいがした。
 前を向き直すと、車内で火の手があがっているではないか!
 茂雄は久美に揺り起こされた。ずっとうなされていたらしい。下車駅に着いたようだ。乗客は次々と降りていく。
 ふたりは電車を降り、家路についた。道すがら、乗客たちの虚ろな顔を思い出した。それにあの老人。一体何だったのだろう。
 茂雄は、鉄道カメラマンという職業柄か、もともと霊感が強いのか知らないが、そういう体験版をすることはめずらしくなかった。
 あれは数年前、とある電車が脱線して多くの犠牲者を出した事故からちょうど一年目のことだった。早朝から被害者の遺族たちが続々と現場に訪れ、献花をしたりお供え物をしたりした。
 やがて事故が起きた時刻になり、その場の人たちは一斉に黙祷した。同時に、事故車両と同型の車両が現場のカーブをゆっくりと通過し、警笛を鳴らした。
 その時である。運転士しか乗っていないはずの車両に、大勢の乗客の姿が見えたと、遺族の人たちが騒ぎはじめたのだ。
 テレビで生中継もされていたが、画面には乗客は映っていなかった。遺族には乗客の姿が見えたというのか。しかも、その光景はとてもゆっくり流れ、それぞれの被害者の顔がよく見えたという。
 しかしその乗客たちの姿は、実は茂雄にもハッキリ見えていた。
 後日、茂雄は夢で見た駅を探しに出た。
 駅は実在した。現在は、4つあったホームの内、焼けた一番端のホームだけ取り壊され、その線路は引き込み線として利用されているそうだ。また、この駅では人身事故が絶えないという。
 茂雄はプラットホームに立ち、あの夜あの電車が停車した、今は取り壊されたホームの方向に向かって手を合わせた。そして、駅員に献花用の花束を渡した。
 しかし、駅員が現場に手向けておいたら、翌朝には枯れていたそうだ。というより、まるで焼け焦げたかのようだったという。
 これを重く見て、供養の会を毎年開くことが決まった。線路のわきに供養塔も建てられた。これで魂が鎮められることを祈るしかない。
 しかし、白かった供養塔も、いつしかすすけてしまったという。
 老人はなぜ茂雄にメッセージを伝えにきたのか、なぜ何十年もたった今なのか、結局わからなかった。霊にとっては、どんなに時代が進もうと年数がたとうと、関係ないのかもしれない。成仏してくれることを願うばかりだった。


                                        了










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