第1話

文字数 3,213文字

「舞、起きなさい! 遅れるわよ!」
「あと五分……」
「何言ってるの! さっさと起きなさい!」
 お母さんに布団を引っ剥がされた。私は最後の抵抗とばかりに、布団の裾を手で引っ張る。抵抗むなしく、お母さんに手をふりほどかれて。そして、私のもうろうとした寝ぼけた意識は、徐々に動きを始めた。
「お母さん! 今何時?」
「七時五十分よ……全く、寝起き悪いんだから。遅れるわよ?」
「うそ!? 何でもっと早く起こしてくれなかったの!?」
「起こしたわよ! 何度も! いいから準備しなさい!」
 意識を取り戻した私は、急いで学校の準備をする。
 ヤバい! 翔太との通学に間に合わない! 髪を櫛でとかして、上に持ち上げてゴムでとめる。いつもの髪型でお気に入りのポニーテール。
 小さい時に翔太が長い髪が好きだって言ってくれたから。そう、私が翔太の事を意識し始めて、好みの女の子を聞いたときに。そしたら翔太ったら髪の短い私に向かって、『髪の長い方が好みかな?』なんて言って、一日泣きはらしたっけ。
 ……って、感傷 に浸ってる場合じゃない! 食事をとるために急いでリビングに向う。
『では、次のニュースです。火星探索基地にて史上最高のスーパーコンピューターを構築するプロジェクト、【アースシミュレーター】。本日火星に到着する予定で、まもなく大気圏に突入予定で……』
 ホログラムビジョン、いわゆるHVのニュースを横目に、急いで朝食をかき込む。間に合わない! 私は食べ残して、パンだけかっさらって玄関に飛び込む。
「コラ! 行儀が悪い!!」
「ひかたなひの!!」
 私はかっさらったパンくわえながら学校に向かう。
 玄関を出たあたりで、私の視界にメッセージの着信が左下に入る。仕組みはよくわからないけど、目に見える形で表示する端末、ウエアブル端末の装着をしなければならない。実際の所これが無いと不便。というか、生活が出来ないくらい。買い物や学校にも入れないくらい必須。以前、付け忘れて学校に行って、入れなかったく家にも戻れないなんて、大変な思いをした事もある。
 それはおいといて、私はそのメッセージを慌てて開く。翔太からだ。
『今日はちゃんと起きれた?』
 ギクッ! お母さんとの毎朝のやりとりを思い出す。翔太には知られたくな……って、バレてるだろうけど。
『お、起きれたに決まってるじゃない!』
『わかった、わかった。ボイスに切り替えても良い?』
 今、私は遅れを取り戻そうと走っている。息が乱れているのがバレる!
『直接会って話すのが良いの!』
『どうせ、息切れしてるから、嫌なんだろ?』
『うるさい!』
 そう私は、メッセージを送って、全力疾走で翔太との合流地点に翔太よりも先に着く。そして、呼吸を整える。
「おそーい!」
「……汗かいてるけど?」
「き、気のせいなんだから!」
「走ってたの、丸わかりだよ」
「う、うるさい!!」  
 整えた息も無駄になる。そして私は、別の汗をかいてしまう。バレてる、気恥ずかしくなってしまった。
「じゃあ、いつもの話しながら行こうか」
「う、うん」
 翔太の好きな話。『水槽の脳』だったかな。よくわからないけど、私は必至についていこうとする。正直私にはついていけなさ過ぎて、つまらない話だけど。でも、翔太と話が出来るわずかな時間。だから私は子の時間は幸せだ。
「僕はこの世界は、作られた世界の可能性があるって説。僕は否定的だね。潜在意識だけコンピュータにつながれている。そんな世界だと主張する人も居るんだ。けど、僕はそんなことは無いと思うんだよね」
「へぇ……。何でそう思うの?」
「だって、僕達の人生を丸ごとスーパーコンピューターに登録するんだよ? まず先にそんなスーパーコンピューターを作る必要がある。そして僕達の脳内内容を全部移す必要がある。さらにその一人ひとりに自我を持たせなければならない。電子回路が自我を持つって、超高度な技術が必要で、これが出来ないと土台無理な話なんだ。今話題になっている火星にスーパーコンピューター作るって話が合るじゃない? 今ではそれの中何じゃないかなんて言う人も居るけど……って、火星のニュースは見てる?」
 火星……そういえば、今朝のHVでそんなこと言ってたような。私の記憶から、最大限に再生して翔太と話を合わせようとする。
「あ、うん。そのうち火星に住めるかもって、話だっけ?」
「違う、違う。今日そのスーパーコンピューターが火星に到着するって話なんだ。で、今SNSで有名になっているのは、その運んだスーパーコンピューターが進化している世界で、実験をしてるって話なんだ。地球上が何らかの原因で絶滅して、生存ルートを探しているんじゃないかって。そんな話もあがっているんだよね。でも、僕は今の現実の方が先なんじゃないかって、考えているんだ。そうするためには、今の僕達をどうやって再現するか。どうやってデータを作るかって、問題があるんだよ」
「そ、そうなんだ……。凄いね! 翔太はそんなことまで考えてるんだ」
「……今までの話、理解してないでしょ?」
「い、いや、理解してる、理解してる! 今の世界が現実で、架空の世界では無いって!」
「いつもの答えだね……まぁ、良いけど」
 翔太はため息混じりに、苦笑いをする。正直、翔太の言ってることは、ほとんど私にはわからない。けど、そんな話をしてくる時の生き生きとした表情は、私にとっては癒しになる。今日一日、学校での元気が湧く。
「まぁ、過去言われたネタだけど、『卵が先か鶏が先か』なんて議論があって。それと似た話だよ。ちなみに鶏が先って言うことで片づいたらしいけどね。この話もそう。リアルが先かヴァーチャルが先か。僕はリアルが先だし、僕達がここに存在するから。意志を持って動いているから。自我を持って動いているから。だから、今の世界は現実だと思うんだ」
「それは私も思うことだよ」
「え? 本当?」
「うん、だって今のは現実。架空世界だなんてあり得ないんだから!」
「言い切るね。じゃあ、何でそう思うの?」
「そ、それは……」
 思わず私は照れてしまう。だって……この時間が。二人の時間が。架空なんてあり得ない。あってはならない。
 私にとっては、それが私たちの真実であり、私たちの時間であり、私たちの意志なのだから。
「ねぇ、答えてよ?」
「ひゃい!?」
 翔太は私の顔をのぞき込む。顔が近い。私の胸が高鳴り、顔が沸騰しそうになる。ひょっとして、翔太は私の心を見透かして……。
「……その様子だと、しょうもない答えだろうね」
「なっ!!」
「じゃあ、答えてよ」
「知らない!!」

 他愛のない話。
 哲学のミステリ。
 科学のミステリ。
 そんな話が好きな翔太。
 わからないけど、わかろうとする私。

 恋の心。
 乙女心。
 淡い思い。
 男心。
 男女の仲。
 きっと、私と翔太とで話をしてても、解決はしない問題。
 けれど、それも悪くないなと思う私。
 この日常が、私は好きだ。
 壊したくない。いや、ずっと壊れない。そう信じてる。

 でも。
 この日は違った。
 不意に周りが光であふれかえる。
「な、なに!?」
「舞! 大丈夫か!?」
 翔太の声。光に負けてしまった目が、徐々に慣れてくる。
 そして。
 空を見上げると、そこには赤い火の玉が見えた。
「あれは……」
 翔太の言葉が届く前に、その火の玉は地面を割った。

 ◆◆◆◆◆◆

「今回の生存率は二十五パーセントです」
「二十五パーセント……これが限界なのか?」
「先生、これで終わりにしますか?」
「いや、人類の生存ルートまで繰り返し、シミュレートする。生存ルートを見つけるまで、実験は続ける」
「分かりました。再起動します」
 
  
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