第1話

文字数 2,000文字

 僕には未来が視える。
その力を使って、夏芽蒼(なつめあおい)は今まで平穏に生きてきた。
ある程度確定した未来を予測して、僕は人生が円滑に進むように振る舞う。
僕のこの力が目覚めたのは高校生になってから初めての夏が来たタイミング──ちょうど一年前だった。
目を瞑ると、真っ暗なはずの視界に映像が映し出される。
それが未来に起こる出来事だと気付いた時、僕は驚いた。
こんなフィクションみたいな話、信じられるわけがない。
だけど実際に体験している僕は、信じざるを得なかった。
「この力を上手く使えば、僕の高校生活は上手くいくはずだ」
そう思った僕は、この不思議な力を有効活用することにした。
少しでもマシな人生を歩むために。

「おっす!なつめ。暇そうだな」
「帰宅部だからね。でも、ここに来るってことは川瀬くんも暇でしょ?」
「ま、そうだな」
放課後の図書室で、僕と川瀬光(かわせひかる)は落ち合った。
サッカー部のエースだった彼は、一年前の夏に怪我をしてからその生命を絶たれたらしい。
それで放課後に時間ができた彼は、今まで行ったことのなかった図書室に通うようになった。そんな彼がある時、もともと図書室に入り浸っていた僕のことを見つけて話しかけてきて、そこから仲良くなったというわけだ。
「お前っていつも図書室にいるけど、そんなに本が好きなのか?俺、文字が並んでるのを見ただけでちょっと嫌になるんだけど」
「その気持ちは分かるよ。だけど僕にとって本は、色々な世界を疑似体験できるエンターテイメントだから。読まなくても、本屋さんで棚を眺めてるだけでも楽しいし」
「そんなにか?俺も最近読み始めたけど、やっぱり漫画に比べるとモチベが上がらないんだよな」
そう言いながらも、川瀬くんは熱心に本に対して意識を向けていた。
「そういえばさ。前から気になってたんだけど、川瀬くんの怪我って」
「あー、話してなかったっけ。飛んできたボールにぶつかって派手に転んだんだ。それで受け身が取れなくてさ」

 それ以降、僕は未来が視えなくなった。
目を瞑っても、視界には無限に暗闇が広がるだけだった。
今までずっと力に頼っていた僕は、力なしではどう接していいか分からず、だんだん周りと上手く合わせられなくなって孤立し始めた。
このまま永遠に一人なのか、と怯える毎日。
相変わらず、いつまで経っても力は戻る気配がなかった。
「なんで……なんで、視えなくなったんだ」
僕は焦っていた。
そして、力に依存していた自分に気づいた。
所詮、未来が視えなければ行動することができない臆病者。
それが僕なんだ。
そもそもどうして僕の力は失われた?
僕は必死に考える。
そして、力が無くなった前後の行動を思い出して、ひとつの可能性に辿り着いた。
それは川瀬くんだった。
彼の怪我について聞いたあとに力が消えたんだ。
その理由を知るためには、本人に直接会ってみるしかない。
そう思った僕は、鞄を持って走り出した。
川瀬くんのクラスは、確か四組だったはずだ。
教室についた僕は、すぐさま中を見渡した。
おかしい。
授業が終わったばかりで賑わう彼の姿は、どこにも見当たらなかった。
僕は、教室の生徒に声をかける。
「あの……ちょっと聞きたいんだけど」
「ん?何かな?」
「川瀬光くんって、どこにいるか知らないかな?確かこのクラスにいたと思うんだけど」
その生徒は、怪訝な顔をしながらこちらを向いて言う。
「何言ってるの?川瀬くんは、一年前に死んじゃったじゃん」
「……は?死んだ?一年前に?」
そんなはずがない。
だって僕は、一年前に川瀬くんと知り合って──。

 放心状態になった僕は、家路につく。
校庭を出て、道路に差し掛かった時。
ものすごい勢いでサッカーボールが飛んできた。
「あ」
鈍い音を立てながらボールが直撃して、僕は大きくよろめいた。
「キキィーッ!」
甲高い音がする。
いつの間にか、目の前にトラックが迫ってきていた。
道路の真ん中に飛び出した体はもはや制御が効かず、僕はトラックに跳ね飛ばされた。
ああ、そうか。
死ぬ間際になってようやく思い出した。
僕は一年前、飛んできたサッカーボールを避けて、運悪くその先に川瀬光がいた。
彼がボールに当たって動けずにいたところに突っ込んできたトラックによって、彼の人生は永遠に失われたのだ。
ボールを蹴った生徒の方を見る。
それは川瀬くんの彼女……奈津目晴香(なつめはるか)だった。
彼がなつめと呼んでいたのは、僕じゃない。
僕は自分のせいで川瀬くんが死んでしまったという事実に耐えきれなくなり、彼を自分の妄想の中で友達だと思い込んでいた。
力はきっと、川瀬くんの死と引き換えに手に入れたんだろう。
察しが良くて些細なことにも気づく彼が、僕が思い悩むことを見越して授けてくれたのかもしれない。
未来が視えなくなったのは、近いうちに復讐によって、僕もまた殺されてしまうから。
これ以上、僕に未来が存在しないからだ。
「川瀬くん……ごめん」
意識を失う瞬間。
奈津目さんは、満足げに笑っていた。
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