カノジョのためのイショ
文字数 2,256文字
このまま生きていても、あたしの人生に良いことなんて起きるハズない。
だからもう死んでこの最悪な人生を終わらせる。
ただその前にいくつか言っておきたい事があるから、それを書いておくことにした。
お母さん、どうしてあなたはそんな顔やスタイルで赤ん坊を産もうなんて考えたの?
どうして自らの容姿が子どもに引き継がれる不幸を考えてくれなかったの?
あなたがあたしを産んだせいで、あたしの人生最悪だった。
勉強も運動もできない。それでいてなにか取り得があるわけでもない。
ほんとに最悪。
こんな人生、お別れできて清々する。
お父さん、どうしてあなたはロクに給料も稼げないクセに、家庭を持つなんて大それたことしたの?
自分の所得で、子どもをちゃんと育てられないことなんて、ちょっと考えればわかったことでしょ。
あなたの家に生まれてきたせいで、あたしは他の子たちみたく綺麗な洋服も買ってもらえなくて、ちゃんとした塾にも通わせてもらえなかった。だから勉強だってできなくてテストのたびに惨めな思いをすることになった。
なにより自分は毎日お酒を飲んで、だらしなく酔っ払うクセに、どうして私に真面目に生きなさいなんて言えるの。
人の事をとやかく言う前に自分の事をなんとかして。
あなたの作ったみすぼらしい家庭で育てられて、ほんとに最悪だったわ。
最後にみぞれ先生、あなたが一番最悪。
勉強ができないなんて仕方ないじゃない。
あたしは駄目な両親から産まれた最悪に可哀相な子なんだから。
どれだけ頑張ったってできないものはできないの。
『努力してできない事なんてない』って持論を曲げたくないからって、あたしにキツくあたらないでよ。
あなたが代理担任になってから、あたしの最悪な人生がもっと最悪になった。
できない事はどれだけ頑張ったってできないんだから、せめて見て見ぬフリする優しさを持って。
それでもあなたにはひとつだけ感謝してるわ。
それはこのどうしようもなく最悪な人生にお別れする決意をあたしにさせてくれた事。
あなたに二度と会わずに済んで清々する。
さようなら。
† † † † †
「さっ、できたわよ。あんたの遺書」
上履きを探しに屋上にやってきたあたしを囲んだ級友のひとりがそう言って、その内容を自慢げに見せつける。
あたしはそこに書かれた内容のデタラメさに、自分の窮地も忘れて絶句した。
確かにあたしは勉強も運動もできないし、不細工だって事も認める。それでも自殺しようだなんて考えた事ない。両親や先生の事を悪く思った事だって。
あたしのお母さんは最悪なんかじゃない。
確かに美人とは言えないし、あたしに特別な才能を与えて産んでくれなかった。
けどお母さんはいつだってあたしに優しくしてくれる。我がままだって少しくらいなら聞いてくれる。それに料理や家事のしかたをしっかりと身につけさせてくれた。
勉強も運動もできないあたしでも、家庭科の成績だけは先生からも褒められる。そんな風に育ててくれたお母さんが最悪な訳がない。
お父さんだってそうだ。
確かに他の家に比べてあたしの家は裕福じゃない。酔っ払ったお父さんが近所に聞こえるほどの大きな声で歌ったり、悪いことをしたあたしに容赦なくゲンコツを落として叱る事だってある。それでも最悪なんかじゃない。
お父さんの歌はみんなに自慢できるくらい上手いし、休みの日は一緒に遊んでくれる。みんなが望むような遊園地とかには連れて行ってはくれないけど、一緒に笑って遊んでくれるお父さんの事をあたしは好きだ。
それにみぞれ先生。
彼女は最高に良い先生で、全然最悪なんかじゃない。
美人なのに気さくで、物覚えの悪いあたしに熱心に繰り返して勉強を教えてくれた。そりゃ厳しい時もあったけど、担当外の教科まで親身に教えてくれた先生を恨んだりするわけない。
それにドンくさいせいでクラスにうまくなじめなかったあたしを、先生はなにかと気づかってくれた。たぶん先生がいなければ、あたしは幸せって言葉の意味を実感できないままでいたと思う。
先生は間違いなくあたしの恩人だ。
でも……。
等距離であたしを囲う目たちには、歪んだ期待が浮かべられている。
力作だと言うでっちあげの遺書を使う状況がくるんじゃないかと彼女たちは期待している。
その時が来たら彼女らは、周囲にどんな顔をするんだろう。
それを想像するだけでも怖い。
死にたくない。
こんな形で死にたくなんかない。
死んでお父さん、お母さんを悲しませたくもない。
それにあんなものを残して死ねば、みぞれ先生にだって迷惑がかかる。
それでもあたしは突き刺さる視線に抗えず、汚れた靴下を履いた足を残された背後の逃げ場へと動かす。
背中にあたったフェンスを確認すると、そこにはちょうど身体の小さなあたしがくぐれるくらいの穴があった。でも穴の向こうに床はなく、飛び移れるような場所もない。
周囲から「早く」とか「グズ」という言葉が聞こえ、急かすように包囲が狭まってくる。
どうしようもなく怖い。
いっそこのまま飛び降りてしまいたい。
でも、
でもでも……
「安心していいよ、靴は代わりにそろえておいてあげるからさ」
涙目で地面を見つめるあたしの後ろから、そんな誰かの声が聞こえた。
だからもう死んでこの最悪な人生を終わらせる。
ただその前にいくつか言っておきたい事があるから、それを書いておくことにした。
お母さん、どうしてあなたはそんな顔やスタイルで赤ん坊を産もうなんて考えたの?
どうして自らの容姿が子どもに引き継がれる不幸を考えてくれなかったの?
あなたがあたしを産んだせいで、あたしの人生最悪だった。
勉強も運動もできない。それでいてなにか取り得があるわけでもない。
ほんとに最悪。
こんな人生、お別れできて清々する。
お父さん、どうしてあなたはロクに給料も稼げないクセに、家庭を持つなんて大それたことしたの?
自分の所得で、子どもをちゃんと育てられないことなんて、ちょっと考えればわかったことでしょ。
あなたの家に生まれてきたせいで、あたしは他の子たちみたく綺麗な洋服も買ってもらえなくて、ちゃんとした塾にも通わせてもらえなかった。だから勉強だってできなくてテストのたびに惨めな思いをすることになった。
なにより自分は毎日お酒を飲んで、だらしなく酔っ払うクセに、どうして私に真面目に生きなさいなんて言えるの。
人の事をとやかく言う前に自分の事をなんとかして。
あなたの作ったみすぼらしい家庭で育てられて、ほんとに最悪だったわ。
最後にみぞれ先生、あなたが一番最悪。
勉強ができないなんて仕方ないじゃない。
あたしは駄目な両親から産まれた最悪に可哀相な子なんだから。
どれだけ頑張ったってできないものはできないの。
『努力してできない事なんてない』って持論を曲げたくないからって、あたしにキツくあたらないでよ。
あなたが代理担任になってから、あたしの最悪な人生がもっと最悪になった。
できない事はどれだけ頑張ったってできないんだから、せめて見て見ぬフリする優しさを持って。
それでもあなたにはひとつだけ感謝してるわ。
それはこのどうしようもなく最悪な人生にお別れする決意をあたしにさせてくれた事。
あなたに二度と会わずに済んで清々する。
さようなら。
† † † † †
「さっ、できたわよ。あんたの遺書」
上履きを探しに屋上にやってきたあたしを囲んだ級友のひとりがそう言って、その内容を自慢げに見せつける。
あたしはそこに書かれた内容のデタラメさに、自分の窮地も忘れて絶句した。
確かにあたしは勉強も運動もできないし、不細工だって事も認める。それでも自殺しようだなんて考えた事ない。両親や先生の事を悪く思った事だって。
あたしのお母さんは最悪なんかじゃない。
確かに美人とは言えないし、あたしに特別な才能を与えて産んでくれなかった。
けどお母さんはいつだってあたしに優しくしてくれる。我がままだって少しくらいなら聞いてくれる。それに料理や家事のしかたをしっかりと身につけさせてくれた。
勉強も運動もできないあたしでも、家庭科の成績だけは先生からも褒められる。そんな風に育ててくれたお母さんが最悪な訳がない。
お父さんだってそうだ。
確かに他の家に比べてあたしの家は裕福じゃない。酔っ払ったお父さんが近所に聞こえるほどの大きな声で歌ったり、悪いことをしたあたしに容赦なくゲンコツを落として叱る事だってある。それでも最悪なんかじゃない。
お父さんの歌はみんなに自慢できるくらい上手いし、休みの日は一緒に遊んでくれる。みんなが望むような遊園地とかには連れて行ってはくれないけど、一緒に笑って遊んでくれるお父さんの事をあたしは好きだ。
それにみぞれ先生。
彼女は最高に良い先生で、全然最悪なんかじゃない。
美人なのに気さくで、物覚えの悪いあたしに熱心に繰り返して勉強を教えてくれた。そりゃ厳しい時もあったけど、担当外の教科まで親身に教えてくれた先生を恨んだりするわけない。
それにドンくさいせいでクラスにうまくなじめなかったあたしを、先生はなにかと気づかってくれた。たぶん先生がいなければ、あたしは幸せって言葉の意味を実感できないままでいたと思う。
先生は間違いなくあたしの恩人だ。
でも……。
等距離であたしを囲う目たちには、歪んだ期待が浮かべられている。
力作だと言うでっちあげの遺書を使う状況がくるんじゃないかと彼女たちは期待している。
その時が来たら彼女らは、周囲にどんな顔をするんだろう。
それを想像するだけでも怖い。
死にたくない。
こんな形で死にたくなんかない。
死んでお父さん、お母さんを悲しませたくもない。
それにあんなものを残して死ねば、みぞれ先生にだって迷惑がかかる。
それでもあたしは突き刺さる視線に抗えず、汚れた靴下を履いた足を残された背後の逃げ場へと動かす。
背中にあたったフェンスを確認すると、そこにはちょうど身体の小さなあたしがくぐれるくらいの穴があった。でも穴の向こうに床はなく、飛び移れるような場所もない。
周囲から「早く」とか「グズ」という言葉が聞こえ、急かすように包囲が狭まってくる。
どうしようもなく怖い。
いっそこのまま飛び降りてしまいたい。
でも、
でもでも……
「安心していいよ、靴は代わりにそろえておいてあげるからさ」
涙目で地面を見つめるあたしの後ろから、そんな誰かの声が聞こえた。