第1話
文字数 2,000文字
「お前それ全部食うの?」
「まあな」
テーブルに置かれた定食二つを美味しそうに食べ始める光一。
昼下がりの学食内。
一般にも開放しているこの学生食堂は安くて美味しいと評判で連日老若男女で賑わっていた。
友人と来ていた若菜もよくこの学食に通っているのだが、光一の姿が目に入ると笑顔になった。
「何? ああ、最近よく見かけるよねあの彼」
「うん。ふふふ」
いつも若菜たちのすぐ後ろのテーブル席に光一たちは座っていた。
「で、どうなの? 最近レシピの方は」
「レシピはたくさん考えてるんだけどさ。試食してくれる人がいなくて」
「試食ねえ」
「創作料理なんて看板かかげちゃったから日々レシピを考えなきゃならない。まあ、二十代で自分のお店を持つのが夢だったから楽しいけどね」
「考えて作って試食して、か」
「そう。最初の頃は喜んで食べてくれてたうちの親も弟ももううんざりしてる」
「わかるわぁ。若菜の試食地獄はハンパないもん」
「ちょっと、地獄って」
「あはっ」
「だってお休みの日に一気にやるしかないじゃん」
「だからってあの量を一回で試食するのは無理だって」
「……だよね」
「あ、ねえ、こうなったら後ろの彼に頼んでみたら?」
「はあ?」
「学生の男の子だったら喜んで試食してくれるわよ」
「いや、そうだけどさすがにそれは無理でしょう」
「無理かぁ」
「無理だよ」
「あの……」
「えっ」
「わっ」
声をかけられ後ろを振り向いた若菜たちはすぐ後ろに立っていた光一に驚いていた。
「あ、すみません。お姉さんたちの会話が聴こえちゃって」
「あ、はい……」
「俺、早川光一って言います。俺でよければその試食ってやつ手伝いますけど」
それを聴いた若菜と友人は顔を見合せたかと思うとたちまち笑顔になった。
「本当ですか? ぜひお願いします!」
若菜の創作料理屋は大学の最寄りの駅の近くにあった。
店休日の日曜日に光一に試食に来てもらうようになってもうすぐ二ヶ月が経とうしていた。
「ふう……ご馳走さまでした。どれも美味しかったです。全部いけると思います」
「本当に? 光一くんがそう言うなら今日のレシピは採用かな」
「絶対大丈夫です!」
「ふふ、ありがとう。心強いわ」
「でも……」
「何? 何でも言って」
「いや、俺、このままずっと若菜さんの料理食べさせてもらってていいのかなって」
「あはっ、もちろんだよ。光一くんが美味しそうに食べる姿を見てると私も頑張れるんだ。だからできたらずっと来てくれるとありがたいんだけど」
若菜はカウンターに座っている光一の隣に自分も腰を下ろした。
「て言うか私の方こそ光一くんに甘えちゃってていいのかな。日曜日なのにさ、予定とか大丈夫なの? あ、彼女とかいないの? 今さら聞くのもあれだけど」
「彼女はいないです」
「そうなんだ。光一くんカッコいいのにね。モテるでしょ?」
「いや、別に。若菜さんこそ彼氏は?」
「いないいない。どう見たって無理でしょう。今はこのお店のことで頭いっぱい」
「だったら、俺が若菜さんの彼氏になります」
「はっ?」
光一は真剣な表情になったかと思うと椅子から立ち上がった。
「実は俺、ずいぶん前から若菜さんのこと学食で見かけてました。前に若菜さんが言ってたんです。たくさん食べる男の人が好きだって」
「あ、ああ……うん」
「それから俺、若菜さんに気付いてもらおうと思ってたくさん食べるようにして」
「うそ……」
「そしたら試食がどうのって話してるのが聴こえて、それで思いきって声をかけました」
「そう……だったんだ」
「彼氏になったら毎日来てもいいですよね?」
「光一くん……」
「俺、若菜さんが好きです! 俺と付き合ってください!」
光一は座っている若菜に向かって頭を下げていた。
「光一くん、ごめん」
そう言われて顔を上げる光一。
「やっぱダメかぁ」
「ううん、違うの。私も同じなの」
「同じ?」
「うん。私もたくさん食べてる光一くんを見て、いいなって、好きだなって思ってた。あの時友達に頼んでわざと聴こえるように話したの。そしたら本当に光一くんが声をかけてくれて」
「はっ?」
「だからあの時本当に嬉しかった。あれから毎週光一くんに会えて、たくさん食べる姿を見ることができて幸せだった。私の方こそお願いします。よかったらずっと私の料理を食べてほしいな」
「食べます! うわっマジか。え、ヤバい」
「やだ、なんか私プロポーズみたいなこと言っちゃった」
「ふはっ。可愛いです、若菜さん」
「やだ……」
光一と若菜はお互いに照れ笑いしていた。
「いつもお店閉めてひとりでごはん食べてたからさ。これからは試食じゃなくて一緒にごはん食べてくれる?」
「はい! 俺が毎日一緒にいます」
「ふふ、ありがとう。あっ」
光一は若菜を引き寄せ抱きしめた。
「ごはんもだけど、俺若菜さんも食べますから」
「ふふ、バカ……」
「はは」
二人は照れ隠しなのか抱き合ったままでしばらく笑っていた。
完
「まあな」
テーブルに置かれた定食二つを美味しそうに食べ始める光一。
昼下がりの学食内。
一般にも開放しているこの学生食堂は安くて美味しいと評判で連日老若男女で賑わっていた。
友人と来ていた若菜もよくこの学食に通っているのだが、光一の姿が目に入ると笑顔になった。
「何? ああ、最近よく見かけるよねあの彼」
「うん。ふふふ」
いつも若菜たちのすぐ後ろのテーブル席に光一たちは座っていた。
「で、どうなの? 最近レシピの方は」
「レシピはたくさん考えてるんだけどさ。試食してくれる人がいなくて」
「試食ねえ」
「創作料理なんて看板かかげちゃったから日々レシピを考えなきゃならない。まあ、二十代で自分のお店を持つのが夢だったから楽しいけどね」
「考えて作って試食して、か」
「そう。最初の頃は喜んで食べてくれてたうちの親も弟ももううんざりしてる」
「わかるわぁ。若菜の試食地獄はハンパないもん」
「ちょっと、地獄って」
「あはっ」
「だってお休みの日に一気にやるしかないじゃん」
「だからってあの量を一回で試食するのは無理だって」
「……だよね」
「あ、ねえ、こうなったら後ろの彼に頼んでみたら?」
「はあ?」
「学生の男の子だったら喜んで試食してくれるわよ」
「いや、そうだけどさすがにそれは無理でしょう」
「無理かぁ」
「無理だよ」
「あの……」
「えっ」
「わっ」
声をかけられ後ろを振り向いた若菜たちはすぐ後ろに立っていた光一に驚いていた。
「あ、すみません。お姉さんたちの会話が聴こえちゃって」
「あ、はい……」
「俺、早川光一って言います。俺でよければその試食ってやつ手伝いますけど」
それを聴いた若菜と友人は顔を見合せたかと思うとたちまち笑顔になった。
「本当ですか? ぜひお願いします!」
若菜の創作料理屋は大学の最寄りの駅の近くにあった。
店休日の日曜日に光一に試食に来てもらうようになってもうすぐ二ヶ月が経とうしていた。
「ふう……ご馳走さまでした。どれも美味しかったです。全部いけると思います」
「本当に? 光一くんがそう言うなら今日のレシピは採用かな」
「絶対大丈夫です!」
「ふふ、ありがとう。心強いわ」
「でも……」
「何? 何でも言って」
「いや、俺、このままずっと若菜さんの料理食べさせてもらってていいのかなって」
「あはっ、もちろんだよ。光一くんが美味しそうに食べる姿を見てると私も頑張れるんだ。だからできたらずっと来てくれるとありがたいんだけど」
若菜はカウンターに座っている光一の隣に自分も腰を下ろした。
「て言うか私の方こそ光一くんに甘えちゃってていいのかな。日曜日なのにさ、予定とか大丈夫なの? あ、彼女とかいないの? 今さら聞くのもあれだけど」
「彼女はいないです」
「そうなんだ。光一くんカッコいいのにね。モテるでしょ?」
「いや、別に。若菜さんこそ彼氏は?」
「いないいない。どう見たって無理でしょう。今はこのお店のことで頭いっぱい」
「だったら、俺が若菜さんの彼氏になります」
「はっ?」
光一は真剣な表情になったかと思うと椅子から立ち上がった。
「実は俺、ずいぶん前から若菜さんのこと学食で見かけてました。前に若菜さんが言ってたんです。たくさん食べる男の人が好きだって」
「あ、ああ……うん」
「それから俺、若菜さんに気付いてもらおうと思ってたくさん食べるようにして」
「うそ……」
「そしたら試食がどうのって話してるのが聴こえて、それで思いきって声をかけました」
「そう……だったんだ」
「彼氏になったら毎日来てもいいですよね?」
「光一くん……」
「俺、若菜さんが好きです! 俺と付き合ってください!」
光一は座っている若菜に向かって頭を下げていた。
「光一くん、ごめん」
そう言われて顔を上げる光一。
「やっぱダメかぁ」
「ううん、違うの。私も同じなの」
「同じ?」
「うん。私もたくさん食べてる光一くんを見て、いいなって、好きだなって思ってた。あの時友達に頼んでわざと聴こえるように話したの。そしたら本当に光一くんが声をかけてくれて」
「はっ?」
「だからあの時本当に嬉しかった。あれから毎週光一くんに会えて、たくさん食べる姿を見ることができて幸せだった。私の方こそお願いします。よかったらずっと私の料理を食べてほしいな」
「食べます! うわっマジか。え、ヤバい」
「やだ、なんか私プロポーズみたいなこと言っちゃった」
「ふはっ。可愛いです、若菜さん」
「やだ……」
光一と若菜はお互いに照れ笑いしていた。
「いつもお店閉めてひとりでごはん食べてたからさ。これからは試食じゃなくて一緒にごはん食べてくれる?」
「はい! 俺が毎日一緒にいます」
「ふふ、ありがとう。あっ」
光一は若菜を引き寄せ抱きしめた。
「ごはんもだけど、俺若菜さんも食べますから」
「ふふ、バカ……」
「はは」
二人は照れ隠しなのか抱き合ったままでしばらく笑っていた。
完