後編
文字数 4,684文字
出撃した四機のニクシーが射線を開ける。
バーシアが吠えた。
「撃てぇ!」
ソフィアが命令に従い魚雷を発射する。
艦前方から放たれた二発の魚雷が水圧の壁を無視して敵艦に向かう。二筋の泡の線が伸びたがそれを肉眼で追うことはできない。
ここは深海だ。
コトリたちが目にしているのはアリスから送られたデータを視覚化しているものにすぎない。
シーサーペント級は艦を浮上させたらしく魚雷は敵艦のわずかに下を通り過ぎた。
敵艦から出てきたマーマンとハンマーヘッドが深青十七号との距離を詰めてくる。ニクシーがそれらを迎え撃つのだが、まずはセイレンのチートの発動からだった。
ダイアナの声。
「こちらセイレン。チートを発動する」
ダイアナ機以外は後方に控え、セイレンのチートのレンジから外れる。いくら次元転移装甲があるといっても水素爆発のエネルギーをまともに食らうのは無理があった。何事も限度というものはあるのだ。
コトリはセイレンのサイコブースターが一気に出力を上げるのを確認する。内蔵しているものが一基、両肩の外部ユニットが二基。合計三基のサイコブースターがダイアナの念波を増幅しサイコキネシスを形作る。
マーマンとハンマーヘッドの一団の中心あたりに強い熱と圧力が生まれた。
それらは加速度的に力を増してやがて爆発力を伴って深海に強烈な振動を与えた。
夥しい熱波はマーマンとハンマーヘッドを飲み込んで溶かし、あるいは爆発による過度の水圧で押し潰していった。
時間にして十数秒。
舞い上がった砂煙が微かに残るものの、敵影は見えなくなっていた。セイレンの起こした水素爆発はマーマンとハンマーヘッドを全滅させていた。
ふっ、とダイアナがエム声が聞こえる。
シエラの快活な言葉がコトリの耳に届いた。
「やったあ、楽チンだったね」
サイコブースターを増設したおかげでセイレンはまだ動ける状態にあった。だが、万が一に備えて他のニクシーと配置を交代する。
アリスが異変を察知した。
コトリは慌てて告げる。
「六時方向、シーサーペント級!」
「新手だと?」
バーシアが驚愕した。
「まずいぞ、挟み撃ちされる」
「カリンとユミを向かわせて!」
マチルダが即断した。
コトリは二人に指示を伝える。ニクシー二機が移動を開始した。
新手のシーサーペント級から魚雷が発射される。
「後方の艦より砲撃!」
「浮上、20!」
マチルダの声が飛ぶ。
回避行動をとる深青十七号であったが……。
「前方の艦より砲撃!!」
狙い撃ちされた。
こちらの攻撃には対応が遅れ、一発が着弾する。轟音が艦内にも響いた。
次元転移装甲はこの船にも施されているがやはりそう何発も耐えられるほど万能ではない。
魚雷を撃ち漏らしてしまったシエラが悔しがる。
「ごめん、僕の反応が間に合わなかったせいで……」
「悔いている暇はないぞ」
叫びにも似たバーシアの怒声。
マチルダが言った。
「セイレンは後退して。ドリーにはその場で援護……ダイアナ」
と直接呼びかける。
「もう一度チートを使えるわよね?」
「もちろん。あと九十秒くれ」
「わかったわ。シエラ、聞いていたわよね?」
「了解。でも、僕が沈めちゃうほうが早いと思うけど」
「まだ敵が潜んでないとも……」
ごぅん!
マチルダが言い終えぬうちに艦の下から突き上げるような衝撃がした。二発、三発とそれが続く。
アリスがデータを示した。
「えっ」
その意外な内容にコトリは目を疑う。
「ハンマーヘッドです。数は八」
「下から? どうしてわからなかったの?」
マチルダの問いにコトリはアリスの解析結果を報告する。
「新型です。新型のハンマーヘッドです!」
*
アリスによれば新型のハンマーヘッドはステルス機能を搭載しているそうだ。
姿を消しつつ接近し体当たりを仕掛ける。
ただでさえ厄介なのにさらに厄介になるなんて。
コトリは苦々しい思いでモニターを見つめた。そこには艦の真下にいる新型ハンマーヘッドの群れ。大抵の場合ハンマーヘッドにはマーマンがついているのだがこの一群にはその姿はなかった。
マチルダが指示を飛ばす。
「ユミはそのまま後方の敵を。カリン」
一拍おき。
「下のハンマーヘッドにチートを使って」
シルメリアのチートは重力攻撃だ。セイレンよりレンジが狭いがその欠点を補って余りある威力を持っていた。
「ブースターなしだと確実に行動不能になりますが」
カリンの声には戸惑いがあった。
しかし、マチルダはなおも命じる。
「ちゃんと後で拾ってあげるから。艦を失うよりはましでしょ」
「……了解」
しぶしぶといった様子でカリンが承る。
シルメリアがアリエルと別れた。深青十七号の下側へと向かう。残されたユミからは何も連絡はない。
無言でアリエルが動き出す。
真っ直ぐにシーサーペント級へと突進し、射程に入ると同時にバズーカを構える。移動の推進力と慣性を利用してアリエルが狙撃モードに移ったのがコトリにはわかった。
敵艦が魚雷を発射する。マーマンもハンマーヘッドも出てこないところを見るとどうやら深青十七号の下にいる新型ハンマーヘッドの母艦はこちらのようだ。
アリエルが魚雷をバズーカの一射目で撃ち落とし、誘爆によってもう一発も破壊する。
二射目で敵艦を襲った。
水圧に負けることなく弾丸が敵艦に着弾する。。
ぐらりとすらせずシーサーペント級は魚雷を撃ってくる。
アリエルに回避はできない。回避したら魚雷は深青十七号に当たってしまう。敵の射線上にアリエルがいるからだ。
至近距離でアリエルがバズーカを放ち相殺する。
敵が次弾を撃ってこないうちにアリエルがさらに近づいた。バズーカを少し構え直して撃ち放つ。弾丸の軌道を示すように泡が立った。
どぅん!
命中するがやはり効果は薄い。敵側の次元転移装甲はオリジナルなだけあって容易にはいかないようだ。
アリエルがバズーカからニードルナイフに武器を持ち替えた。
敵艦の間近までダッシュする。
魚雷で砲撃される刹那、アリエルが発射口にニードルナイフをぶち込んだ。
素早く離脱する。
どぉー!
内部から爆発し、くぐもった爆音が静かに響く。
破壊された船首にアリエルがバズーカで追撃した。
これはクリティカルとなりシーサーペント級が轟沈する。
ここでようやくユミから通信が入った。
「こちらアリエル。敵艦を駆逐」
一方、シエラの愛機ドリーは前方のシーサーペント級の攻撃に応戦しつつセイレンの回復を待っていた。
ドリーはバズーカで魚雷を撃ち落とし、セイレンと深青十七号を庇う。攻勢に出たいところだがセイレンを守りながらとなるとバズーカのレンジ内に敵艦を入れなければならない。
それはセイレンのチートのレンジを考慮すると危険すぎた。次元転移装甲があるからといってもリスクは最小限にとどめるべきだ。
ニードルナイフでの接近戦も論外だった。
コトリはモニターに映る彼女たちの身を案じながら戦況を見守っていた。
アリスの分析によればこれ以上前方のシーサーペント級からマーマンとハンマーヘッドが出てくることはないらしい。ザンタシオンとの長い戦いの中、少しずつではあるが敵の情報は集められていた。
もっとも、このシーサーペント級も新型が現れないという保証はないが。
時間が満ちた。
ダイアナの声。
「こちらセイレン、チートを発動する」
素早い動きでドリーがセイレンの背後に回る。
敵艦が魚雷を放つがセイレンに回避行動はなかった。内部と外部、合わせて三基のサイコブースターがフル稼働する。
二度目の水素爆発が引き起こされた。
*
すさまじい爆発がシーサーペント級を飲み込み溶解させる。
残る敵は深青十七号の真下にいる新型のハンマーヘッドのみ。
カリンの乗るシルメリアは艦の下に回るとチートを発動すべくサイコブースターをフル回転させようとする。
だが、突如背後から衝撃を加えられた。
「きゃぁあ」
カリンの悲鳴が響く。
ダメージはなかったが不意打ちへの動揺はさらなる隙を生んだ。今度は真横から三叉の槍が飛び出してくる。
マーマンだ。
やはり潜んでいたらしい。
すんでのところで致命傷となる一撃をかわしたが、無傷とはいかなかった。猛烈な水圧を防ぐため破損した装甲を破棄して下層の予備装甲に切り替える。しかし、この状態で長く戦い続けるのは不可能だ。
襲ってきたマーマンは二体。
シルメリアはニードルナイフを一閃し間近のマーマンを薙ぎ倒す。
が、その間にもう一体のマーマンがシルメリアに槍を突き刺そうとした。
素早く反転してバズーカの砲身で防御する。
右足でマーマンを蹴った。
こうしている間にもハンマーヘッドが深青十七号に特攻をかけている。これを放っておく訳にはいかない。
かといってマーマンも無視できなかった。
シルメリアがわずかに後退し、バズーカを構える。
慌てて逃げようとしたマーマンに一発ぶちかました。
どぅん!
直撃し、爆裂する。
シルメリアが再びチートを発動させようとした。
刹那。
先に倒したはずのマーマンが動き出し、素手でシルメリアに殴りかかる。
これをガードする余裕はなかった。
まともに胸を殴られ、機体が大きく揺れる。胸部に凹みができた。その部位の装甲も捨て、予備装甲で補う。
マーマンがなおも殴打しようとしたそのとき……。
「カリン、避けて」
ユミとコトリの声が重なった。
シーサーペント級を撃沈したアリエルが全速力で距離を詰めながらバズーカを撃とうとしていた。
発射とシルメリアの浮上のタイミングが一つになる。
弾丸はマーマンに命中した。これがとどめとなりマーマンが四散する。
邪魔者は排除され、シルメリアが態勢を整えた。
カリンの声。
「こちらシルメリア、チートを発動します……ごめんね」
カリンの敵への謝罪。
シルメリアに内蔵されたサイコブースターが出力を上げる。
領域が震えた。
一気にハンマーヘッドの群れが海底に叩きつけられる。ぐぉんという音とともに海底に凹みが生まれた。圧力に屈したハンマーヘッドたちが爆発の暇すら与えてもらえずぺしゃんこになる。
逃げられたものはなかった。
無慈悲なほど圧倒的な力によって敵は殲滅した。
モニターを確認しながらコトリは報告する。
「周辺に敵機なし」
「警戒は密に。コードイエローで本艦は戦域を離脱する」
そこまで言うとマチルダがふうと息をつき、付け足した。
「シルメリアの回収、忘れないでね」
*
新手の敵もなく、コードイエローも解除された。
ニクシーたちも帰還し、一時的ではあるが艦に平和が戻っている。
コトリはコンソールに両手を置いたままアリスが送り続けるデータを処理していた。
仕事しすぎ……だよね。
コトリはふとソフィアの言葉を思い出し、苦笑する。
でも、私にはこれくらいしかできないから。
ユミたちのように艦を守れないし、マチルダのように指揮をとることもできない。
だから、私は私にできることを精一杯やるだけ。
アリスが視覚化した深海の世界にマリンスノーの雪が降る。
アビーの言葉が頭をよぎった。
そうだ、もうすぐクリスマスだ。
自然と心が躍った。こんなところにいてもクリスマスというのは気持ちを弾ませてくれるものらしい。
見えないはずの深海の銀世界を見ながらコトリはそっとつぶやく。
「まるでホワイトクリスマスみたい」
頬が緩み、彼女は少し気の早いセリフを口にした。
「メリークリスマス」
**本作はこれで終了です。。
お読みいただき、ありがとうございました。
バーシアが吠えた。
「撃てぇ!」
ソフィアが命令に従い魚雷を発射する。
艦前方から放たれた二発の魚雷が水圧の壁を無視して敵艦に向かう。二筋の泡の線が伸びたがそれを肉眼で追うことはできない。
ここは深海だ。
コトリたちが目にしているのはアリスから送られたデータを視覚化しているものにすぎない。
シーサーペント級は艦を浮上させたらしく魚雷は敵艦のわずかに下を通り過ぎた。
敵艦から出てきたマーマンとハンマーヘッドが深青十七号との距離を詰めてくる。ニクシーがそれらを迎え撃つのだが、まずはセイレンのチートの発動からだった。
ダイアナの声。
「こちらセイレン。チートを発動する」
ダイアナ機以外は後方に控え、セイレンのチートのレンジから外れる。いくら次元転移装甲があるといっても水素爆発のエネルギーをまともに食らうのは無理があった。何事も限度というものはあるのだ。
コトリはセイレンのサイコブースターが一気に出力を上げるのを確認する。内蔵しているものが一基、両肩の外部ユニットが二基。合計三基のサイコブースターがダイアナの念波を増幅しサイコキネシスを形作る。
マーマンとハンマーヘッドの一団の中心あたりに強い熱と圧力が生まれた。
それらは加速度的に力を増してやがて爆発力を伴って深海に強烈な振動を与えた。
夥しい熱波はマーマンとハンマーヘッドを飲み込んで溶かし、あるいは爆発による過度の水圧で押し潰していった。
時間にして十数秒。
舞い上がった砂煙が微かに残るものの、敵影は見えなくなっていた。セイレンの起こした水素爆発はマーマンとハンマーヘッドを全滅させていた。
ふっ、とダイアナがエム声が聞こえる。
シエラの快活な言葉がコトリの耳に届いた。
「やったあ、楽チンだったね」
サイコブースターを増設したおかげでセイレンはまだ動ける状態にあった。だが、万が一に備えて他のニクシーと配置を交代する。
アリスが異変を察知した。
コトリは慌てて告げる。
「六時方向、シーサーペント級!」
「新手だと?」
バーシアが驚愕した。
「まずいぞ、挟み撃ちされる」
「カリンとユミを向かわせて!」
マチルダが即断した。
コトリは二人に指示を伝える。ニクシー二機が移動を開始した。
新手のシーサーペント級から魚雷が発射される。
「後方の艦より砲撃!」
「浮上、20!」
マチルダの声が飛ぶ。
回避行動をとる深青十七号であったが……。
「前方の艦より砲撃!!」
狙い撃ちされた。
こちらの攻撃には対応が遅れ、一発が着弾する。轟音が艦内にも響いた。
次元転移装甲はこの船にも施されているがやはりそう何発も耐えられるほど万能ではない。
魚雷を撃ち漏らしてしまったシエラが悔しがる。
「ごめん、僕の反応が間に合わなかったせいで……」
「悔いている暇はないぞ」
叫びにも似たバーシアの怒声。
マチルダが言った。
「セイレンは後退して。ドリーにはその場で援護……ダイアナ」
と直接呼びかける。
「もう一度チートを使えるわよね?」
「もちろん。あと九十秒くれ」
「わかったわ。シエラ、聞いていたわよね?」
「了解。でも、僕が沈めちゃうほうが早いと思うけど」
「まだ敵が潜んでないとも……」
ごぅん!
マチルダが言い終えぬうちに艦の下から突き上げるような衝撃がした。二発、三発とそれが続く。
アリスがデータを示した。
「えっ」
その意外な内容にコトリは目を疑う。
「ハンマーヘッドです。数は八」
「下から? どうしてわからなかったの?」
マチルダの問いにコトリはアリスの解析結果を報告する。
「新型です。新型のハンマーヘッドです!」
*
アリスによれば新型のハンマーヘッドはステルス機能を搭載しているそうだ。
姿を消しつつ接近し体当たりを仕掛ける。
ただでさえ厄介なのにさらに厄介になるなんて。
コトリは苦々しい思いでモニターを見つめた。そこには艦の真下にいる新型ハンマーヘッドの群れ。大抵の場合ハンマーヘッドにはマーマンがついているのだがこの一群にはその姿はなかった。
マチルダが指示を飛ばす。
「ユミはそのまま後方の敵を。カリン」
一拍おき。
「下のハンマーヘッドにチートを使って」
シルメリアのチートは重力攻撃だ。セイレンよりレンジが狭いがその欠点を補って余りある威力を持っていた。
「ブースターなしだと確実に行動不能になりますが」
カリンの声には戸惑いがあった。
しかし、マチルダはなおも命じる。
「ちゃんと後で拾ってあげるから。艦を失うよりはましでしょ」
「……了解」
しぶしぶといった様子でカリンが承る。
シルメリアがアリエルと別れた。深青十七号の下側へと向かう。残されたユミからは何も連絡はない。
無言でアリエルが動き出す。
真っ直ぐにシーサーペント級へと突進し、射程に入ると同時にバズーカを構える。移動の推進力と慣性を利用してアリエルが狙撃モードに移ったのがコトリにはわかった。
敵艦が魚雷を発射する。マーマンもハンマーヘッドも出てこないところを見るとどうやら深青十七号の下にいる新型ハンマーヘッドの母艦はこちらのようだ。
アリエルが魚雷をバズーカの一射目で撃ち落とし、誘爆によってもう一発も破壊する。
二射目で敵艦を襲った。
水圧に負けることなく弾丸が敵艦に着弾する。。
ぐらりとすらせずシーサーペント級は魚雷を撃ってくる。
アリエルに回避はできない。回避したら魚雷は深青十七号に当たってしまう。敵の射線上にアリエルがいるからだ。
至近距離でアリエルがバズーカを放ち相殺する。
敵が次弾を撃ってこないうちにアリエルがさらに近づいた。バズーカを少し構え直して撃ち放つ。弾丸の軌道を示すように泡が立った。
どぅん!
命中するがやはり効果は薄い。敵側の次元転移装甲はオリジナルなだけあって容易にはいかないようだ。
アリエルがバズーカからニードルナイフに武器を持ち替えた。
敵艦の間近までダッシュする。
魚雷で砲撃される刹那、アリエルが発射口にニードルナイフをぶち込んだ。
素早く離脱する。
どぉー!
内部から爆発し、くぐもった爆音が静かに響く。
破壊された船首にアリエルがバズーカで追撃した。
これはクリティカルとなりシーサーペント級が轟沈する。
ここでようやくユミから通信が入った。
「こちらアリエル。敵艦を駆逐」
一方、シエラの愛機ドリーは前方のシーサーペント級の攻撃に応戦しつつセイレンの回復を待っていた。
ドリーはバズーカで魚雷を撃ち落とし、セイレンと深青十七号を庇う。攻勢に出たいところだがセイレンを守りながらとなるとバズーカのレンジ内に敵艦を入れなければならない。
それはセイレンのチートのレンジを考慮すると危険すぎた。次元転移装甲があるからといってもリスクは最小限にとどめるべきだ。
ニードルナイフでの接近戦も論外だった。
コトリはモニターに映る彼女たちの身を案じながら戦況を見守っていた。
アリスの分析によればこれ以上前方のシーサーペント級からマーマンとハンマーヘッドが出てくることはないらしい。ザンタシオンとの長い戦いの中、少しずつではあるが敵の情報は集められていた。
もっとも、このシーサーペント級も新型が現れないという保証はないが。
時間が満ちた。
ダイアナの声。
「こちらセイレン、チートを発動する」
素早い動きでドリーがセイレンの背後に回る。
敵艦が魚雷を放つがセイレンに回避行動はなかった。内部と外部、合わせて三基のサイコブースターがフル稼働する。
二度目の水素爆発が引き起こされた。
*
すさまじい爆発がシーサーペント級を飲み込み溶解させる。
残る敵は深青十七号の真下にいる新型のハンマーヘッドのみ。
カリンの乗るシルメリアは艦の下に回るとチートを発動すべくサイコブースターをフル回転させようとする。
だが、突如背後から衝撃を加えられた。
「きゃぁあ」
カリンの悲鳴が響く。
ダメージはなかったが不意打ちへの動揺はさらなる隙を生んだ。今度は真横から三叉の槍が飛び出してくる。
マーマンだ。
やはり潜んでいたらしい。
すんでのところで致命傷となる一撃をかわしたが、無傷とはいかなかった。猛烈な水圧を防ぐため破損した装甲を破棄して下層の予備装甲に切り替える。しかし、この状態で長く戦い続けるのは不可能だ。
襲ってきたマーマンは二体。
シルメリアはニードルナイフを一閃し間近のマーマンを薙ぎ倒す。
が、その間にもう一体のマーマンがシルメリアに槍を突き刺そうとした。
素早く反転してバズーカの砲身で防御する。
右足でマーマンを蹴った。
こうしている間にもハンマーヘッドが深青十七号に特攻をかけている。これを放っておく訳にはいかない。
かといってマーマンも無視できなかった。
シルメリアがわずかに後退し、バズーカを構える。
慌てて逃げようとしたマーマンに一発ぶちかました。
どぅん!
直撃し、爆裂する。
シルメリアが再びチートを発動させようとした。
刹那。
先に倒したはずのマーマンが動き出し、素手でシルメリアに殴りかかる。
これをガードする余裕はなかった。
まともに胸を殴られ、機体が大きく揺れる。胸部に凹みができた。その部位の装甲も捨て、予備装甲で補う。
マーマンがなおも殴打しようとしたそのとき……。
「カリン、避けて」
ユミとコトリの声が重なった。
シーサーペント級を撃沈したアリエルが全速力で距離を詰めながらバズーカを撃とうとしていた。
発射とシルメリアの浮上のタイミングが一つになる。
弾丸はマーマンに命中した。これがとどめとなりマーマンが四散する。
邪魔者は排除され、シルメリアが態勢を整えた。
カリンの声。
「こちらシルメリア、チートを発動します……ごめんね」
カリンの敵への謝罪。
シルメリアに内蔵されたサイコブースターが出力を上げる。
領域が震えた。
一気にハンマーヘッドの群れが海底に叩きつけられる。ぐぉんという音とともに海底に凹みが生まれた。圧力に屈したハンマーヘッドたちが爆発の暇すら与えてもらえずぺしゃんこになる。
逃げられたものはなかった。
無慈悲なほど圧倒的な力によって敵は殲滅した。
モニターを確認しながらコトリは報告する。
「周辺に敵機なし」
「警戒は密に。コードイエローで本艦は戦域を離脱する」
そこまで言うとマチルダがふうと息をつき、付け足した。
「シルメリアの回収、忘れないでね」
*
新手の敵もなく、コードイエローも解除された。
ニクシーたちも帰還し、一時的ではあるが艦に平和が戻っている。
コトリはコンソールに両手を置いたままアリスが送り続けるデータを処理していた。
仕事しすぎ……だよね。
コトリはふとソフィアの言葉を思い出し、苦笑する。
でも、私にはこれくらいしかできないから。
ユミたちのように艦を守れないし、マチルダのように指揮をとることもできない。
だから、私は私にできることを精一杯やるだけ。
アリスが視覚化した深海の世界にマリンスノーの雪が降る。
アビーの言葉が頭をよぎった。
そうだ、もうすぐクリスマスだ。
自然と心が躍った。こんなところにいてもクリスマスというのは気持ちを弾ませてくれるものらしい。
見えないはずの深海の銀世界を見ながらコトリはそっとつぶやく。
「まるでホワイトクリスマスみたい」
頬が緩み、彼女は少し気の早いセリフを口にした。
「メリークリスマス」
**本作はこれで終了です。。
お読みいただき、ありがとうございました。