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文字数 1,998文字

「民法改正だかで、女子も18歳にならんと結婚できなくなったってさ」

 彼氏の鈴木来斗が言った。
 彼は21歳の大学生で、もうとっくに結婚できる年齢を超えていた。

「え、嘘でしょ……ホントだ。私、やっとこの前16歳になったのに」私はスマホを床に放った。「来斗と結婚できると思ってたから、高校にも進学しなかったのに……マジ?」

 間髪を入れず来斗が続けた。

「てことで俺たち、別れよっか」
「はぁっ!?」その言葉を受けた私の感覚は、シャワーが急に冷水へ切り替わったときと似ていた。「どうして別れ話が始まるわけ?」
「んー。16歳の女の子との結婚って、男のロマン的な……俺の中で無性に興奮するものがあったんだよね。でもそれがダメになったんなら……柚希と付き合う意味も、もう無いかな、と思って」
「意味わかんない。私が18になるまで待ってよ」
「だ〜か〜ら〜! 俺は16の子と結婚するのが夢だったの! それが無理なら……もっと若い子と付き合ってみたい」

 きっしょ! 年下好きにも程があるよ。

「そんなロリコン趣味で、私の人生パーにしないでよ!」

 私はジュースの空き缶を来斗に投げつけた。彼は激昂して立ち上がった。

「何すんだよ! 生意気だぞ!!
「来斗はその“年下”の“生意気なとこ”が好きなんでしょ!? 私が中三のときから付き合ってるロリコンのくせに、矛盾してるよ!!
「そっちから告ってきたくせに、ロリコンロリコンうるせーよ!!

 昔ヤンチャしていた両親の子である私も負けていなかった。ふたりでぐるぐるぐるぐる暴言の嵐。
 息が切れて頭の回転が止んだところで、私は冷静になった。

「どれだけ言い合っても結末は変わんないのに……バカみたい」

 ーー彼の家を後にした私は、駄々っ子のように泣きじゃくっていた。

 こんな馬鹿げたフラれ方をするくらいなら、皆と同じく進学すれば良かった。
 結婚費用を貯めるためにバイトを掛け持ちしていたのに、何もかも台無しだ。

 ……若くて可愛いお嫁さんになるのが夢だった。

 結婚のためだけに人生を進めていたようなものなのに〈ふりだしに戻る〉のマスを踏んだみたいだ。ゴールインの文字は、もう見えなくなるくらい遠くだった。

「あれ、柚希じゃん」
 突然、路肩に一台のバイクが停まった。
 私に声をかけてきたのは、最も今の表情を見せたくない相手だった。
「パパ……」
 渡されたヘルメットを被り、父の後ろで車体に跨った。
 バイクが発進すると、景色が次々に流れていく。
 頬を掠める冷たい風は、すぐに涙を乾かしてくれた。

「柚希、彼氏と喧嘩でもしたか」
「やっぱわかる?」
「顔見ればね」
「……喧嘩てか、別れたよ!」

 私がそう叫ぶと、父が途端に上機嫌になった。

「よっしゃあ!!
「ちょっと! 娘の不幸を喜ぶ親がどこにいんのさ!」
「柚希、昔から16歳で結婚するって意気込んでたじゃん。だけどまだ早いって!」
「でもパパだって、ママが16のときに結婚したんでしょ?」
「俺は一応、当時から正社員だったからね。でも柚希たちは違うだろ?」
「ふたりともバイトで……相手は学生で……しかもロリ……何かまたムカついてきた!!」私は走るバイクの上で暴れ出しそうになるけど、父が私の腕をギュッと握るので我に返った。「……ねぇ知ってた? 今の時代、女の子は16歳じゃ結婚できないらしいよ。法律で18からになったんだって」
「へー、そうなんだ。……じゃあ柚希と、最低でもあと2年は一緒にいられるわけか」
「他人の不幸をポジティブに捉えすぎ!」
「そもそも結婚だけが人生のすべてじゃないよ。柚希はまだ若いんだし、色んな可能性を秘めてるんだからさ」
「たとえば?」
「……それを見つけるのがきみの仕事です」
「コラ! 逃げるな!」

 漠然と自分は16歳で結婚するものだと思っていた。
 それが黒板にチョークで描いたような、頼りない人生設計図だなんて信じられなかった。
 私の存在意義と一緒にその図は、さっき容易く消されてしまった。
 でも、人生に絶望したこんな私を救ってくれるのは家族の存在で、パパの能天気さは、意図せず私の気持ちを引き上げてくれた。

「そういえば原付の免許って16から取れるよね」
「危ないからダメ。柚希はまだ子どもなんだから」
「さっき色んな可能性があるって言ってたじゃん。子ども扱いしないでよ」
「ふふん。柚希は何歳になったって、俺の子どもであることからは逃れられないよ」

 いつどんなときだって、私を無条件に認めてくれるのは家族だけで、私は今その愛情を一身に受けている。父の腰に回した腕に、私はもう少しだけ力を加えてみる。

 いずれ私は家族の元を離れるだろう。
 でも、私はいつまでもパパの娘であることには変わりなくて、今はまだ、もうしばらくは、この居場所に甘えていたかった。

‌ ‌――そうやって、都合良く子どもぶるズルさが、まだまだ私が子どもである証明なのかもしれない。
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