第1話

文字数 2,569文字

 夏になると空が急にゴロゴロと音を立てたりいきなり大粒の雨が降ってきたりする。
 村人はそれがいつ起こるかわからなくて悩んでいた。

 青空に浮かぶ雲の上に神さまがいると聞くが誰もそこへはいくことができない。
 
 昼間はじりじりと肌を焦がすぐらい暑く、かと思えば急に雨が降り出して原っぱで遊んでいた子どもたちを悲しませてしまう。


 ある日のこと、そんな子どもたちを見かねた少女が「神さまにお願いしに行ってくる」と言って山に向かった。

 山はとても高くて雲の上に上がれるかもしれない。
 そう思った少女は3日3晩かけて山を登り、そして雲の上に出た。
 あたりは白いモヤで見えない世界。
 水に濡れてないはずなのに少女の服は湿っていた。

「神さま、神さま! どこにいるの?」

 少女はモヤの中で大声で呼ぶ。
 でも返事はなく自分の声が何かに反射して響いているだけだった。

 少女は何度も叫んでいるうちに疲れてきてへたりこんだ。

「ちょうどいいイスがあるわ」

 少女はひざの高さくらいのおおきな石を見つけた。
 さわるとむにゅと少し柔らかくて草むらの香りがした。
 そして少女は飛び乗るように座った。

「いて! いや、重い!」

 なんとその石から声がした。
 少女は慌ててそこから降りると、そこにはお尻をさする白ヒゲのおじいさんがかがんでいただけだった。

「おじいさん、ごめんなさい。まさかこんなところで……」

「いやいや気にするな。びっくりしただけじゃ」

 少女はペコリと頭を下げると「おじいさん。私、神さまをさがしているの」と言った。
 おじいさんは「どうしてじゃ」と聞く。

 少女は「雨がいきなり降るからみんな困っている」と言う。
 おじいさんは頭をかしげながら「よし、ワシについといで」と言って少女の手を握った。
 おじいさんがモヤの中に消えていく。
 少女は少し驚いてそのまま一緒にモヤの中に入った。

 足元が急に柔らかくなって不安定になってくる。
 そしていきなり視界が開けたと思ったらそこは雲の上だった。

「おじいさん、ここは!」

「ここは雲の上じゃよ。そしてワシが雨守りの神さまじゃ」

 おじいさんはそう言うと杖を天にかざす。
 すると足元の雲はゆっくりと動きだし海へと向かっていった。
 少女は驚きのあまり声を失ってひたすら雲にしがみついている。
 雲の上に乗れることは夢みたいだけど落ちるんじゃないかという怖さがあった。

 雲は海の上につくとそっと止まった。
 神さまは雲の中をごそごそと探ったあと大きな網を取り出して「えいやっ!」と言ってその網を海に投げた。
 少女は口をあんぐりさせてその様子を見ていた。

 しばらくすると「うむ」と真剣な表情になった神さまは網を引き始める。
 細い腕が急に太くなって海の中から網を引き上げていく。
 その網の中には小さな白いもにゅもにゅした玉がたくさん入っていた。

「神さま、これは何ですか?」

「うむ、これは雨の種じゃ」

「ええっ? 雨の種!」

 少女は仰天してうしろにこけた。
 ふわふわした雲が少女を受け止めてそっと少女を立たせる。

「おぬしも手伝ってくれないか」

 神さまはそう言うと網の中の白い玉をおにぎりを握るようににぎにぎする。
 するともにゅもにゅがもっと小さな玉になっていく。
 神さまは次々と白い玉をつくってカゴの中に入れていった。
 少女は見よう見まねで同じように握る。
 しばらくすると網の中の玉を全部握り終えた。

「よく見てなさい」

 神さまはそう言うとカゴをかついで雲のはしにいく。
 そしてその玉を海に向かって投げ入れていく。
 すると海が次第に空に向かって伸びていき白いモクモクした雲を誕生させた。
 少女はまた仰天して後ろにこけた。
 そしてそのまま空を見上げると、その白いモクモクは空をだんだんと覆っていった。
 モクモクは風の向くままに流されていく。

「神さま、今のは何?」

「少女よ、今のが雨を降らせる雲じゃ」

「あれはどこにいくの?」

「雨が必要なところまで行くよ」

「それは神さまにもわからないの?」

「わからないよ。でも必要なところに降るようになっている。雨を欲しがっている大地を探しているのじゃ」

「大地を!?」

 少女は海の向こうに広がる広大な大地を眺めた。
 広く果てしなく広がる大地。
 雲の上から眺める大地はまったく違うものに見えた。

「この大地も生きておるからな。喉が乾いたら雨を欲しがる。ワシの役目は喉を潤した大地が海に残りを流すから、それを雨の種に戻すことじゃ。大地はしゃべらないから、ワシにも雲がどこに行くかはわからん」

「雲はしゃべらないの?」

「残念ながらしゃべらないよ。でも、水を欲しがっている大地は熱を帯びていて、そこに雲が行けば自然と雨になるよ」

 少女は感心した様子で神さまの話を聞いていた。
 うんうんと頷きながら、雲の上からの大地を慈しむようにながめた。

「君たちの願いは残念ながら叶えられない。雨は大地のために降っているからね。でも大地をいじめたりすると怒りだして雨を呼ぶ。だから大地と喧嘩してはダメだよ」

 神さまはそう言うと雲を操って少女を村に連れて行った。
 
「神様ありがとう。みんなに教えるよ」

「そうじゃな、頼むよ」

 神さまはそう言うとビンに入った雨の種をわたした。
 砂時計のような雨の種の入った時計だった。

「この雨の種がビン全体に広がってくると雨が近いしるしじゃ。大地の温度が上がると雨の種は浮いてくる。だがこれはふたりだけのナイショだよ」

「ありがとう! 神さま」

 少女はそう言うと神さまをぎゅっと抱きしめて雲から降りた。
 神さまは空へと帰っていく。
 神さまは大きく手を振っていたが、しばらくすると見えなくなった。

 少女は村人に向かって雨の謎を広め、そして家の棚の上に大事にその雨の種時計を置いた。
 
 それから少女は雨が近づくたびにこっそりと畑のかかしにわら帽子をかぶせる。

 いつしかそれに気づいた村人たちは大切なときにはかかしの様子をながめるようになった。

(完)
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