第5話 海の家

文字数 4,959文字

電車は暫く山間を縫う様にして走った後、近くに湖がある高原を通り、乗り換えの駅に着いた。少し歩いて船に乗ると、シオリはずっと海を見ていた。夕日が水面を染め始めた頃、側に来た二人に

「今日は楽しかったよ。」と誠司に言った。

「うん、良かったよ。あの人達に出会えて、あのままシオリだけ一人落ち込んでるんじゃ可愛そうだし。」

「ええ、私もあんた達が少しは他の女の子とつき合えるんだて事が分かって安心した。幸子は誠司にもうベッタリで、また逢いたいから誠司の都合を聞いて置いてて頼まれたよ。梢も健司の事、結構意識してたし・・・」シオリは遠くの海岸線を見ながら落ち着いた口調で喋った。

「俺はシオリが良いからな。」いきなりの誠司の発言に、健司とシオリが顔を見合わせていると

「俺は、大人に成ったらシオリと結婚するからな。」

「おいおい、いきなりの告白かよ。」健司が困った表情を浮かべながら

「結婚と成ると色々問題が有るんだよな。俺達兄弟だし。」

「だって血は繋がって無いだろうが。」

「だから、法律的に、兄弟同士は結婚出来ないんだ。一度シオリを誰かの所へ養子にでも出して、東堂の戸籍から抜けないと。それに俺だって、シオリとは一緒に居たいからな。」健司は誠司を諭す様にそして、シオリには、自分の存在を誇示する様に言った。

「あんた達二人で、勝手に私の将来を決めるな。私だって選ぶ権利が有るし、この先他の男も好きになるかも知れないからな。」勢いでシオリが喋った言葉に健司が反応した。

「他の男もて、お前、誰か好きな奴が居るのか?」健司の追求にシオリは暫く沈黙していたが

「お前達の事だ・・・恥ずかしい事言わせるな。」と言って再び海を見つめていた。健司は逃げたなと思ったが、それ以上の追求はしなかった。

 船は子供の頃から親しんだ港町へ着いた。三人は船を下りると「海の家」を管理してくれている志野の所へ行き、挨拶がてらにお土産を渡した。志野は港に近い繁華街で小料理屋を開いていて、三人の顔を見ると

「一年見ないうちに、大分大人になったね。」と嬉しそうに迎えてくれた。当面の食材は冷蔵庫に入れてあるとの事であったが、今日は取りあえずお店で食事をしてから行きなさいとの指示で、三人は夕食を済ませてから、「海の家」へと向かった。辺りは暗かったが、貸して貰った懐中電灯と何度も通った道は手に取るように分かった。遠くに漁り火を見ながら、崖沿いの道を歩き、家に着くと、懐かしい建物のシルエットが月の光に照らされていた。三人は家に上がり、廊下の引き戸を開放して、海から来る心地よい風を呼び入れた。その家は、元々この界隈の網元のものらしかったが、年代こそ経っているが、丈夫な梁と大きな岩の上に建てられている事で、百年近い風雪に耐えていた。二十畳近い部屋が二間あり、一つは畳でもう一つは板の間に成っていて、そこは台所へと続いていた。板の間にはかって大きな囲炉裏があったが、今は掘り炬燵風の長いテーブルに成っていて、寝るとき以外、三人は大体ここで過ごした。食卓であり勉強机であり、一寸したゲームなどをする時の遊技場であった。台所には、数年前に志野の店から譲り受けた業務用の大型冷蔵庫があり、事前に連絡しておけば、志野の店の人が食材を保管して置いてくれた。海を望む廊下の端には黒電話が置いてあり、志野の店の物と親子になっていて、内線で店と連絡が付き、外線は店で回線を切り替える事で掛ける事が出来た。まだ三人が幼かった頃は、畳の部屋に蚊帳を吊りその中で寝た。今はエアコンが付いていたが、大抵は網戸を兼ねた鎧格子の雨戸を引いて寝ていた。健司は、廊下からさらに海側に突き出た濡れ縁に座り、夜の海を見ていた。

「お茶が入ったよ。」シオリが二人に声を掛けた。納戸を物色していた誠司も戻ってきて、大きなテーブルにそれぞれに座った。

「もう、ばらばらじゃお茶が届かないじゃない。」シオリが文句を言いながらお茶を配ると、

「じゃー俺、シオリの横。」と言ってシオリにくついて行った。

「うっとうしいな、もう。」誠司のじゃれ合いを見ながら、健司が

「三人で、ずーと此所で暮らせたら良いのになぁ。」まだ月明かりで照らされている海を見ながらポツリと言った。

「このまま、三人の時間が止まっていれば良いのに、そうすればずーと楽しいままで居られるのに・・・」シオリも海を見ながら言った。

暫くして、誠司が食事当番の表を取り出し、壁に張ると、

「明日の朝は・・俺かよ。」と言いながら、台所へ行って冷蔵庫の中身を確認していた。

「風呂湧かしてくる。」と言って立ち上がった健司を見て、

「じゃー私、お布団敷いておく。」と立ち上がった。

その夜は、それぞれが何となく大人しく振る舞っていた。誠司も場を茶化す事も無く風呂から出てると、シオリの左隣の布団に入り寝てしまっていた。シオリは久しぶりで三人で就寝した事もあり、少し緊張気味で浅い眠りに付いていた。寝返りをして右を向いた時、そこに居るはずの健司の姿が無かった。時計を見ると、夜明けにはまだ少し時間が有り、辺りは暗かった。それがきっかけで何となく目が覚めてしまい、健司を捜してみた。家の中には居ない様子なので、砂浜に目をやると人影らしき物が見えたので、シオリも誠司に気を遣いながら外へ出てみた。月明かりで足下は見えていたので、その人影まで行くのは簡単だった。健司は砂浜に座り込んで水面を見ていた。シオリの気配に気づき、振り返りながら

「シオリも眠れないのか。」

「うん、何だか緊張しちゃって。」

「緊張?何を?」

「うん、三人で寝るの久しぶりだったから。」

「俺達がまた変な事すると思ってか?」

「うん、一寸期待も有るけど。」

「俺は最近後悔してるんだ、お前を変な女にしちまったんじゃ無いかて。どう見ても変だろう、その年で男二人に体を持て遊ばれて平気で居られるなんて。」

「あんた達の変態行為、確かにやじゃないよ。でもそれは、あんた達だからだよ。他の男なら絶対にやだよ。いっそどっちかの物になって仕舞えば、きっと楽なんだろうね。セックスして子供生んで家族作って・・・健司も辛いでしょう。いつも後一歩の所ではぐらかされて。」

「ああ辛いよ。シオリを俺の物にしたいさ。でも誠司もそれは同じなんだ。昔は、あんな悪ふざけだけで楽しくてスリリングだった。女の子の体てこんなに柔らかで滑らかで気持ちいいんだて思ったけど、今はそれだけじゃ済まなくなってる。欲しいんだ全てが。」

「良いわよ。あげるわて言ったらどうする。」

「獣のように、お前を抱くだろうな。」

「嘘よ、貴男には出来ないわ。私はそれを知ってるから、二人に抱かれてるのかもしれない。私も辛いの、健司も誠司も好きだから。でも三人でいる事の方がもっと好きなのかも知れない。何時に成るかは分からないけど、私の気持ちにけりが付いたら、健司の所へ抱かれに行くかも知れないわ。」

少し沖にある、角岩の間に月の光が差し始めて来ていた。

「誠司が起きないうちに帰ろうかな。」

「うん・・・先行って、もう暫く此所にいるから。」健司は、シオリを先に戻してから、静かに立ち上がり、波の無い海の中に歩む様に入っていった。ふと振り向いたシオリは、その状況を見て、只ならぬ物を感じて、慌てて引き返すと、パジャマのまま海に飛び込んだ。暗い海の中で何とか健司を見つけて、しがみつき、浜へと引き戻そうとした。

「シオリ何してんだ。」シオリにしがみつかれた健司は、何とか体制を立て直そうともがいていたが、何とか二人とも浜へたどり着くと、

「お前、何してんだ。」

「健司が自殺するのかと思った!」

「馬鹿な、入水自殺する奴が、海パンなんか穿いてると思うか。」

シオリは息が切れていたが、健司の顔をしっかり抱いてから

「紛らわしい事するな、私にとっては掛け替え無い存在なんだ、二人とも。どちらが欠ける事も許せないんだ。」シオリの言葉で状況を把握した健司が

「苦しいよ。離してくれ。」と言って顔を上げた。目の前にずぶ濡れのシオリの顔があった。健司はその唇にそっとキスをした。

「しょっぺー!」健司の言葉で、二人は笑い出して転げながらじゃれ合った。

再び、シオリの顔が健司に近づいた時に

「しても良いか?」

「良いよ、でも子供で来ちゃうかも。責任取れる?」

「お前は、そうして何時も一足先に行くんだな。」

「私だって、一つに成りたいよ。でもそうしたらみんなが傷つくだろう。」

その言葉の後、二人は仰向けなって暫く夜空を見上げていた。幾つかの流れ星が去った後、健司は立ち上がり、近くに置いてあった自分の上着とタオルを持ってきて

「これに着替えろよ。風邪引くぞ。」と言ってから、体の砂を落とし始めた。

シオリも砂を落とすために、水辺まで行って体を洗っていた。そのまま、パジャマの上下を脱ぎ、健司の上着を羽織った。近づいて来たシオリに

「お前また綺麗になったな。」と声を掛けた。

「ほう、そうか、少し胸は大きくなった様だけどな。触るか?」

「止めておく、鼻血出そうだから。」

二人は、月明かりの中、家に戻ると、

「おれ外のシャワー使うから、お前先に風呂に入れよ。」

「一緒に入るか?」

「よせよ。これ以上誘惑するな、本当に鼻血出るから。」

「そうか、何時も見てるくせに。」

「それは、誠司が居る時だろう。俺達はお互いが、それぞれの安全装置みたいな物なんだ。」シオリは健司の最もらしい言い訳を無視する様に、手を掴んで風呂に連れ込んでから、健司の頭を洗い始めていた。

「砂だらけじゃない。」互いにシャンプーをして、二人で入るには一寸狭い湯船に、シオリを健司が抱っこする様なかっこうで浸かった。

「おい、シオリこのままだと、二人とも此所で寝ちまうぞ。」

「うん、でも気持ちいいなぁ。」やがて二人の意識が睡魔に魅せられた様に消えていった。

その後、シオリが目覚めたのは既に昼近かった。隣に同じ様に伸びている健司の寝姿が有った。シオリはパジャマを着ていたが、上着は裏返しで、パンツを穿いていなかった。健司に至っては、たぶん全裸だろうと想像出来たので、シオリは慌てて隣の部屋に出て行った。誠司は板の間の長い机で、宿題をしていた。

「ああ、やっと起きたのか、健司はまだ寝てるのか?」

「うん・・・」

「昨夜二人で何やってたんだ?風呂の中で二人で寝てて、海まで来て風呂で溺れたなんてさまに成らないぞ。」

「寝付かれなかったんで、夜光虫を見に行ってたんだけど、私が海に落ちゃって、健司に助けてもらったんだ。」

「朝食はそこにあるから。」

「うん、じゃー健司起こしてくるか。」

「ああ、でも彼奴裸のままだからな。お前は側にあったパジャマを何とか着せたけど。湯船から出すのに一苦労したんだぞ。」

「ああ、ごめん、何となく覚えてるけど体が動かなくて・・・」

シオリは健司を起こしに行ってから暫くして、寝ぼけ眼の健司が現れて

「昨夜はすまんな。何かに取り憑かれたみたいに体が動かなかったんだ。」

「まったく、二人で何してたんだか・・・」

健司が洗面に行って帰って来ると、シオリが少し暗い顔をして、二人の所へ戻って来た。

「あああ、生理に成っちゃったよ。」シオリの言葉に、二人が顔を見合わせていると

「まだ大丈夫だと思ってたのに、二―三日海に入れないな。女の体はこう言う時に面倒だな。」他人事の様に言ってから

「暫くお預けだな。」シオリが意地悪そうな笑顔で言うと

「何をだ?」誠司がとぼけたふりをして応答した。

シオリと健司は遅い朝食を取った後、それぞれの荷物を整理してからシオリを残し、健司と誠司は海に行った。シオリは暫く横に成っていたが、ゆったりとしたワンピースに着替えて健司達の所へ麦茶を作って持って行った。パラソルが作る日陰の中で、椅子に座ったシオリは二人を優しそうな眼差しで見ていた。泳ぎ疲れた二人が、砂浜に上がって来たとき、驚いたような顔でシオリを見た。

「その服・・・」

「うん、お父さんから頂いたのよ。」

「母さんが良く着てた、夏に海で。」

「へえー、じゃぁシオリも母さんと同じ位に成ったんだ、良く似合ってるから。」

「うん、もうそろそろ着れるだろうて、お父さんが出してくれたの。」

二人は母の面影を見るかのように、シオリの姿に見とれていた。
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