第1話

文字数 1,992文字

「それで、洋介とはこれからどうすんの?」
 産まれたばかりの我が子を抱き上げながら、京子が聞いた。
「結婚もするかわかんないまま、里穂はこのまま一緒にいたいの?」
 ようちゃんは幼稚園からずっと一緒の幼なじみだ。小さな頃は兄妹みたいな仲だったけど、高校の学園祭でようちゃんのバンドのベースの音に魅せられて、私はようちゃんに恋をした。それから恋人同士になり、2年前からは一緒に暮らし始めている。
「ようちゃんとは、一緒にいたいよ。居心地良いし。」
「あのね、里穂。そういうのが腐れ縁って言うんだよ。本当に大切な相手ならさ、そろそろ将来の話くらいするよ。2年も同棲して結婚の話もでてないんじゃ、正直不安じゃない?」
 京子の言う通りだと思う。将来の話や結婚を話題にしようとしても、ようちゃんは上手くはぐらかしてしまう。不安ばかり募っても誰にも相談出来ずにいた。今日は京子の出産祝いを持ってきて、久しぶりにお互いの近況を話すことになったのだ。
「里穂、来週、神社の夏祭り行こうよ。」
 そう言って、里穂はいつの間にかスヤスヤと眠った赤ん坊を静かに布団に寝かせると、一冊の文集を持ってきた。
「覚えてる?これ。」
 文集のタイトルは「足跡」で、6年2組と書いてあった。よくは覚えていないけれど、遠い記憶の中にあるその文集を開いた。
 文集の中は、6年間でのそれぞれの思い出みたいのが綴られていた。そして、最後のページに足跡を残そうってタイトルがあって、そこに来週の夏祭りの最終日の日付けがあった。
「私達、この時クラスみんなでタイムカプセル作ったでしょ。神社のすぐ横の空き地に埋めて、15年後またみんなでここに集まろうって。」
「あ!思い出した!」
 記憶が一気に蘇って、あの時すごくワクワクしたことが急に思いだされてきた。
「ね?ちょっとした同窓会じゃん!里穂も浴衣とか着て行こうよ!洋介なんかより良い出会いもあるかもしれないし!」
「まあ、ようちゃんも同じクラスだし。そんな気持ちにはなれないけど。」

 夏祭り最終日、神社は沢山の人で賑わっていた。6年2組のクラスメイトも半分以上の人数が空き地に集まった。当時の担任と、学級委員長だった上村君が、必死になって連絡をしてくれたおかげらしい。京子や私とも仲が良かった美雪と麻里もいた。
 「2人とも、元気だったー!?」 京子がハグしそうなくらいの勢いで近づいていき、美雪と麻里も満面の笑みで京子の手を握った。京子は最近出産した我が子を親に預けてきたと話すと、美雪も自分もそうだと言った。麻里は来週から昨年開いたセレクトショップの買い付けに海外へ行くらしい。
 3人が話しているのを見て、京子が我が子を愛おしそうに見つめる眼差しが胸に刺さって離れなかった先週のことを思い出した。
 6年2組だったあの時から、私達はもう27歳になったのだ。それぞれが、それぞれの道を歩んでいて当たり前だ。でもみんなが、自分よりは先に進んでいるように見えた。自分だけ取り残されたような気持ちになった。
 3人から少し離れて一人ぽつんといると、上村君が「これ、藤村さんのじゃないかな?」と、小さなカプセルを持ってきてくれた。確かに、底には藤村里穂とある。何て書いてあるんだろう。全く覚えていない。カプセルをあけて、中の小さな紙の裏を見た。

 
「27歳の私へ。今、幸せですか?」
 
 何これ。自分に質問しちゃってる。
堪えてきた思いが一気に涙になって溢れ始めた。どうしよう。止まらない。
 バーンと、花火が打ち上がる音が聞こえ始めた。この夏祭りの最大のメインイベント。1000発もの花火が夜空を彩り始める。

「里穂ー!」遠くからようちゃんの声がした。
 こちらに走ってくるのが見える。
「ようちゃん。今日はバンドの練習じゃなかったの?」
 泣いているのを隠すように、私は棒読みのセリフみたいな話し方だ。
「里穂。どしたの?大丈夫?」
「うん。。。」
「里穂に。はい、あげる。」
 え?
 ようちゃんは、手に持っていたカプセルを私に持たせた。
「内村洋介」とカプセルに書いてあって、それはまだ開けられていない、ようちゃんのカプセルだとわかった。
「何?開けていいの?」
「うん。いいよ。」
 私はカプセルを開けて中の紙を広げた。

 バーン、ドドーン、パチパチパチ。

 すぐ横で花火が高く打ち上げられて、星屑が舞うように空から降っている。
 暗くてすぐには見えなかった文字を、花火の灯りを頼りに読んだ。

 ドドーン、パチパチパチ。

 花火の音が大きいから、私が今顔を両手で覆って声をあげて泣いてるのは、きっと聞こえない。

 

「藤村里穂さん、ぼくと結婚してください」



 紙にはそう書いてある。

 15年前のようちゃんからのプロポーズ。
 顔を覆って肩が震える私を、ようちゃんがそっと抱き寄せた。

 ドドーン、パチパチパチパチ。

 15年前の私へ。

 私は今、最高に幸せです。





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