ウェルカム・トゥ・マイ・ヘクセンハウス

文字数 1,623文字

 所属しているバンドが契約に関連して会社と激しく争い、予定していたツアーが全てキャンセルとなって以降、多少良くなっていたロキの鬱はどん底まで叩き落された様に悪化していた。しかも、それが原因で同棲していたガールフレンドとの関係も解消される事となり、彼は住む場所を無くしてしまった。
 バンドメンバーとの関係も悪化する中、手を差し伸べたのは音楽仲間のヨハンだった。実家の部屋が一つ空いているので、引っ越し先が見つかるまでそこに居ればいい、と。
 幸いにして引っ越し先はすぐに見つかったが、とてつもないあばら家だった。風の吹き込む隙間を塞ぎ、何とかひと冬を越せるだけの部屋をこしらえたのは、つい先月の事である。
 そんな中だった、喧しい連中が、彼の家に押し掛けてきたのは。
「……リディア、その、なんでミヒャが一緒に居るんだい?」
 部屋の隅で毛布を被っていたロキは、訝しげにミヒャエルを見上げた。ミヒャエルが所属するバンドのメンバーが来るとは連絡が無く、その中で唯一世話になったヨハンは仕事で来ないと返事があった。
「家が無くなったのよ。ロキさえいいなら、暫く泊めてやってくれない?」
「……はぁ」
 そんなやり取りの間にも、ローニはクリスマスツリーの代わりにコートハンガーへオーナメントを飾り付け、傷みの目立つ大机にそれらしく継ぎ接ぎされたテーブルクロスを掛け、豚の塊肉を据える。
 ラファエルはラファエルで、リディアの作ったお菓子の家を組み立て、天使のキャンドルに火を灯す。
 ユールボードにしては少し質素な食卓と、クリスマスにしては貧相な飾りつけ、そして、神様の誕生を祝うには相応しくない禍々しい音楽が、あばら家の一室を彩った。
 ロキが連れてきた猫のおかげで、大騒ぎになったあのパーティーから一年。ミヒャエルは自分の作ったバンドから出ていく寸前で、リディアとロキのバンドも空中分解同然になった。それでも、恐ろしく貧相でも賑やかなクリスマス・パーティーが再び幕を開けた。
「春になったら、またツアーの予定があるし……次に会えるのがいつか、分からないね」
 ホットワインを待ちながら、ローニは呟いた。
「春のツアー、日本には行かないの?」
「うん」
「そっか……それじゃ、暫く会えないわね」
「そう……だけど、不思議だよね」
「何が?」
「フィンランドはロシアと国境を接しているけど、そのロシアの海の向こうには、日本があるんだから。とっても遠いはずなのに」
「そうね……ロシアって、ちょっと大きすぎるくらいだし」
 寄せ集めのマグカップに注がれたホットワインを手に、ミヒャエルが二人の前にやってくる。
「わーい、ミヒャのホットワインだ」
「レシピなら教えてやっただろ?」
「でも、やっぱり味が違うんだよね」
 ローニがホットワインのカップに手を伸ばす向こうで、ジンジャーブレッドマンのクッションを抱えていたロキが顔を上げる。
「ねぇ、リル。日本って、どんな所なの? ロシアに近いって、やっぱり寒い?」
「寒いのはロシアに近いホッカイドウくらいよ。確かに、私の身長の二倍くらい雪が積もる所も有るけれど、そういう所に限って夏は暑いし……一番暑い所はサウナみたいに暑くなるわ。でも、面白い場所よ」
「そっか……」
「そうよ……それこそ、北の端っこはロシアに、南の端っこは……タイワンって知ってる? あったかい島国」
「名前は知ってるけど……あったかい所なの?」
「えぇ、マンゴーやパイナップルみたいな果物が採れるの。そんなタイワンと、日本の南の端っこはとても近いの。南の端っこにあるオキナワも、同じ様にパイナップルが採れて、一年の大半は泳げるのよ」
「へー……」
 リディアは穏やかな笑みを浮かべてロキを見遣る。
「……行ってみたい?」
「え……」
「もし、実際にそんな国を見て見たいっていうなら、案内してあげる」
 ロキは目を瞬きながら、リディアを見つめる。
「きっと……あなたには神秘的で面白いと思える物が、沢山有るはずよ」
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