第1話

文字数 1,994文字

 夏の暑さが、相当厳しい。
 セミが激しく鳴いている。
 大川ヒロタカは、毎朝、英会話のラジオ講座を聴いている。
 ヒロタカは、自分の顔が、向井理に似てると言われる。
ーNot only bad things but also good things.
ー悪いことだけではなく良いことも
ーBad things go to good things.
ー悪いことは、良いことにつながる
 とヒロタカは、再び、日本語に訳した。
 今、ラジオの英会話講座を聴いて、「本当だろうか」と思っていた。
 ヒロタカは、禍福は糾える縄の如しなんて言うが、と思った。
 首を傾げた。
 例えば、藤木香織。
 思い出すと、汗が流れた。
ー大川さんは、イケメンだけど、仕事ができない
 彼女の言葉を思い出した。
 そんなことはないと、思った。
 朝、ヒロタカは、いつもフレークを食べる。紅茶を飲む。苦く感じる。
 そして、そのままヒロタカは、出勤した。
 吉祥寺駅から満員電車に乗って、会社に向かう。
 ヒロタカは、いつも、ヤングマガジン『パリピ孔明』をスマホのアプリで観ている。
 ヒロタカは、月見英子が、好きだ。
 ある時、女性の同僚に、こう言われた。
「大川さんは、8時半の電車にいたのは、気がついていたのか?」
 と言われた。
 気がついていなかったわけではない。
 本当は、知っていた、藤木香織を。
 しかし、ヒロタカは、藤木香織という女性の同僚が好きではない。確かに、ブリーチの髪型にヤンキーみたいな恰好をして仕事をしている。
 月見英子みたいに。似ていない、とヒロタカは、思っていた。
 それとは、別に、藤木香織は、地獄へ堕ちろ、とヒロタカは、思っていた。
 いつも、仕事でミスをするとガミガミ怒る。嫌だ、こんなの。
 職場の同僚は、友達みたいにならないと思う。
 そして、こんな藤木香織のような嫌な同僚でも、些細なことで、「気が付いていない」かのような決めつけを言われることがある。
 藤木香織なんて嫌だ。。
 だが、そんな鬼みたいな藤木香織でも、辛抱して、仕事をしないと、自分の生活のお金が出ないときがある。
 藤木香織にまた、嫌味を言われた。
 いつもヒロタカに怒っている。
 夕方になった。これから、家に帰ろうとしている。
 汗が、じわっと流れる。
 駅まで歩いた。
 辺りには、居酒屋もあるし、パチンコ店もある。
 カフェもあるし、パン屋もある。
 そして、通学からの帰りの学生が、スマホをいじって、何かを検索していたり、ゲームをしている。そして、マンガを観たり、ドラマの動画を観ている。
 ヒロタカと同じような会社員と思しき人たちも、大体、同じだった。
 ヒロタカは、これから、山手線で、渋谷から帰ろうとしていた。
 渋谷駅のプラットフォーム。
 駅に上がろうとすると、みたらし団子屋さんが、あった。
 緑色の暖簾だ。
 買おうかどうしようか、とも思った。
 そして、みたらし団子屋さんで、ヒロタカは、湧き上がる食欲に勝てず、到頭、ワンセット買った。
「600円になります」
 お店の中年の女性は、優し気に言って、ヒロタカは、お金を払った。
 そして、改札機を通って、そのまま、プラットフォームへ向かった。
 その時だった。
「あれ?」
 と思った。
 そこには、ピンクのスマホが落ちていた。
 ヒロタカは、慌てて、それを、駅員さんに届けた。
 帰りの電車では、スマホを落としたのは、女性だろうと思って、見当をつけていた。それで、ヒロタカは、念のため、名前などの紛失届を書いていた。
 ただ、スマホを落とした女性を哀れに思った。
 一応、どんな人か知りたい思った。
「落とした女性は、どんな人だろうか?」
 と思っていた。
 スマホには、ロックがかかっていた。
 当たり前だけど、自分だって、スマホを見知らぬ他人にこっそり見られたらたまらない。だが、本当は、上白石萌歌みたいな女優さんのような容姿の持ち主だったら良いのになとか妄想した。そのままLINEで交換、なんて妄想もある。
 そして、自宅へ帰った。
 それから、暫くして、警察から電話がかかってきた。
「落とし主のフジキカオリさんですが、ご挨拶に伺いたいとのことで」
 とお巡りさんは、電話で言った。
 当然のこと、ヒロタカは、呆然としていた。
 なんだ、あの藤木香織か。
 上白石萌歌ちゃんではないのか。
 次の日、藤木香織は、ケーキを持って、ヒロタカにごちそうした。
 彼女は、少し、渋い顔をしていた。
「いただきます」
 とヒロタカは、言った。
 何か妙な気持ちだった。
 ただ、藤木香織は、その日、スマホをなくした時、どんな気持ちだったのだろうか?やっぱり、オレが、拾って良かったのか。他の人が良かったのかとも悩んだ。
 ヒロタカは、辛い後には甘くなる、なんてのんきに考えていたが、初めて、紅茶に砂糖を入れた。
 紅茶が、甘く感じた。
 ただ、藤木香織は、ぶすっとしていた。<完>
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登場人物紹介

ヒロタカ…本編の主人公

藤木香織…ヒロタカの同僚。いつもヒロタカに怒っている。

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