サカサトンネルまたは逆さ隧道

文字数 1,996文字

 空に現れた「アレ」を見て【逆さ隧道(ずいどう)】や【サカサトンネル】と呼ばれる噂話を思い出した。
 その話が本当なら私に「迷う」という選択肢は無かった。
瞬きをした一瞬で気がつくと私は空の上。
そして逆さま。
逆さまになっている感覚が私自身には無い、何も変わらないまま立っている。 
ただ逆さまなだけ。
 頭のずっと上には、今まで暮らしていた街が逆さまに広がっていて、反対に頭の上に広がっていた空が、今は私の足もと一面に広がっている。
そして目の前に「逆さ隧道」と呼ばれているものがある。
隧道の中は筒闇で先など見えない。その闇を包んでいるのは、光の集まりのようなもの、掴もうとしても触れることすら出来ない。
ただ美しく輝いている。
噂話など信憑性が低い話は、実際目にして体験するまで心から信じられない。
体験した今なら「トイレの花子さん」も少しは信じられる。

不思議なことの連続に感興(かんきょう)をそそられた。

 この世界に未練はないが、日曜日にナツと遊ぶ約束をしたこと、サキと貸し借りした本のこと、レンタルしたDVD、美容室の予約、歯科の予約、ジムの予約、みたい映画や本のこと、最近仲良くなった彼のことを少し考えた。
そのどれもが私がいるまでの出来事で「ココ」に私がいなくなったら、すべてがなかったことになる。 
引き返して、また生活を続けることは今ならできる。

けれども「コレ」をみた瞬間から、もう迷いはなかった。

 なので私にはもう気にしなくてもいいことで、選ばない未来のこと。途中のままだけれども満足した毎日だった。
「バイバイ! バイバイ! みんなありがとう! またいつか」
それだけを、ずっと高く上にある街に向かって叫んだ。
私がまた戻りたくなったのなら、きっと帰ってくる。そんな気がする。
その日は来ないかもしれないけれど。

 筒闇に静かに、けれども大きく一歩足を踏み入れた。
スッポリと飲まれるように入った、全く何も見えない。
くるりと振り返っても、もう空も街も何もない闇。
自分自身も確認できない闇。
風もなく音も香りも何もない、ただ闇、闇、闇。
闇が広がっていて「ココ」には私の思考や意思しか存在しない。
恐怖などはない、とても落ち着いている。

 しばらく待つと、強い光に包まれ、少しずつ目を開くと、列車のような乗り物の中にいた。揺れはない。知っている列車よりも倍ぐらい広く感じる。
軽く見て回ったら、三室あった。運転席などはない。見えないだけかも知れないが。
そして私だけしかいない。
子供みたいに回ったり、走ったり、踊ってみた。
 聞いた噂話では、それぞれを星と表現していた。
三つの星の中から一つを決めて、それぞれの星にベルがあり決まったらベルを鳴らす。

私は世界と呼ぼう。3つの世界は、まったく違う。
同じなのは、広さとベルと窓があることぐらい。

 それぞれの世界をつなぐ部分が列車のようにある。扉はないが、これまた隧道のようだった。
しかし闇ではなく心地良い光の空間になったいて、そこを通って行き来できる。
3歩ぐらいの長さなので、150㎝ぐらいだろう。
いつも乗っていた列車のつなぎ目より少し長く感じる。

一つ一つの世界をゆっくり選ぶ。
選ぶ側はいつだって楽しい、本を選ぶとき、遊び場所を決めるとき、仕事を選ぶとき、部屋を探すとき。
いつも「自分の望む世界」を求めてきた。

世界Aは、とても可愛い
まるで、幼い子供がみる夢の世界のようで色が淡く優しい。
この世界にあるモノは丸くて、柔らかくて優しく守られているような気持ちになった。
窓から見える景色も、緩やかでスピードをまったく感じさせない。景色の色もすべて優しい、とても平和な世界。

世界Bは、暖かく心地良い
窓からの景色も穏やかな気持ちになり、心地良い光が当たり体がとても休まるのを感じた。
あちらこちらから様々な光が出ていた。
どの光も心地良い。
それと、キラキラとしたものが優しく降り注ぎ私を癒やした。
もしかしたら植物のように光合成をして過ごせるのかもしれない。
リラックスできる世界。

世界Cは、まったく分からない
窓からの景色を見ても不思議な気分になった。
美術館で作者にしか分からない作品を見ている感覚に近い。
どんな方がこの世界を作ったのだろう。
とても抽象的な世界。

 噂話では私とは、まったく違う3つの世界。いや、星だった。
良い世界が一つもない場合もあるそうなので、もしかしたら人を選んで、その人にあった世界が現れるのか。
そうだとしたら、一体どのぐらいの数の世界があるのだろう。

三つの世界それぞれ興味深い、どんな生き物がいるのか、どんな暮らしなのか。
しばらく考えた。
そして「インスピレーション」と「トキメキ」で私は世界を選び、そっとベルを鳴らす。

 ふたたび闇に包まれた。
3歩ゆっくり歩いたら、スッポリと闇を抜けた。ここは私が選んだ私の知らない世界なのだろうか、何も予想がつかない、この世界どう楽しもうかゾクゾクする。

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