第1話

文字数 2,433文字

 コンビニの外はどんよりと暑い。雲の厚い、でもその向こうから太陽の熱が滲み出しているような、そういう午後だ。
 夏休みが終わり、中2の夏がまあどうってこともなく終わり、2学期が始まっている。 土曜の午後、塾に向かう途中で、僕たちは暑さにやられた、みたいな感じでコンビニに入り、アイスを食べる。僕はいつもの小倉アイスバー、高瀬はかき氷メロン。
「ね、山ちゃん、僕って癒し系かな」
 高瀬が相変わらずの甲高い声で呟く。
「何で?」
「夏休み中に、二人の人からそう言われた」
「そだね」
 僕は気のない返事をした。
「あ、何か、反応うすっ!」
 高瀬はぽっちゃりの色白で、一緒に暇つぶしに通った市民プールのおかげで結構日焼けしたはずなのに、しばらく赤くなって、それですいっと色が抜ける。見た目ゆるキャラな高瀬は、ばあちゃんっ子で大事に育てられ、感情はいつも豊か、かつ表現も素直だ。
「いや、否定はしてないじゃん」
 ジブリ・アニメの再放送とかで、高瀬は小6くらいまではしょっちゅう泣いていた。それは少し、羨ましくもあった。
「――高瀬、あの、さ」
 僕にはでも今日は、癒し系云々ではなく、高瀬に話しておこうと思っていることがあった。
「え? 何、山ちゃん」
「うん。昨日の放課後、帰り別だっただろ?」
 僕も高瀬も帰宅部で、たいていは一緒に下校するのだけれど。昨日は違った。
「実はさ、昨日、榊に話したいことがあるって言われて、で、職員室に行ってたんだ」
 榊は担任教師だ。
「それって」
 高瀬は分かりやすく青ざめ、げっそりした声で言った。
「何か、悪いことしたの?」
「そうじゃなくって。……文化祭委員をやらないかって」
 11月に中学の文化祭がある。2学期が始まるとすぐにクラスごとに2名の委員を決め、その委員が中心になってクラスの出し物を準備していくのだ。始業式の日のホームルームで候補を募ったけれど、誰も立候補せずに担任預かりとなった。たいていは、ウェイ系から1人、非ウェイ系から1人。部活でも試合や出し物をしたりするから、自然、帰宅部にクラス委員のお鉢が回ってくる。無論、僕は非ウェイ系担当だ。
「で、何て答えたの? やっぱり断ったの?」
 高瀬は少し心配そうに尋ねた。
 僕は小6の秋から、目立つようなことは一切断ってきた。ことごとく断って、断って、断ってきた。
「うーん、そうなんだけど、なんだけどさ、――受けることにした」
「そっかあ! そうなんだ」
 僕の小6からの「拒絶の歴史」を知っている高瀬は驚いたみたいで、でも、嬉しそうだった。
「正式には週明けのホームルームで決まるけど、いちおう、高瀬にはその前に言っておこうと思って」
「ありがとう、山ちゃん。うん、良かったよ。山ちゃん、僕ホントは、山ちゃん、もっといろいろやればいいのにって、ずっと思っていたから」
「高瀬がそう思ってるのも分かってたし」
「ま、そうだろね。僕たちは、ウェイたちにBLって言われるくらいだし」
 僕が中学受験の準備をしていて、小6の秋に突然それを止めたことは、いつも一緒にいた高瀬は知っていた。でもその理由が父さんの失業だってことまでは、多分、知らない。ただ余程のことがあったんだろうってことは、分かっていたと思う。
 僕は勿論ショックだった。腐ったし、拗ねた。でもひねくれた僕は高瀬のように素直にそれを表すことが出来ず、内向していった。と同時に僕は、方向感覚みたいなものを失ったように思える。東京の受験塾まで週に何回も通い、家でも夜遅くまで勉強していた、そういう莫大な時間が急にぽっかりと空き、振り向けていたエネルギーも行く先を失った。当初のショックが収まった後も、僕は新しい行先を見つけることが出来なかった。ずっと迷い続けていた。いや、今もだ。迷い続けている。かつて受験の勝者だった父さんの今の苦労している姿もまた、僕を惑わせる。
 そして、たぶん、あれから2年かかって少しだけ分かったのは、「明確な行先」ではない。分かったのは、「明確な行先」なんかそもそも無いのかも、ってことなんだ。だから、無いなら無いなりに、やっていくしかない。
「でさ、山ちゃん、委員は全部で二人でしょ。榊先生、もう1人の委員は誰だって? あれでしょ、ほら、ウェイ系からでしょ、だいたい」
「あ、それ。うん、もう1人はさ、――ウェイ村だって」
「えー、ウェイ村なんだあ」
 ウェイ系の上村。僕のいとこの里奈の幼馴染みで、スポーツ万能少年。中学に入り、バスケ部で先輩とぶつかり、彼なりの正義を通して退部、結局、ウェイに走る。むっちゃモテる要素満載男子。たぶん、里奈もウェイ村が好きだ。気に食わない男子。だから僕と高瀬は、上村に「ウェイ村」ってあだ名を付けた。
「いいの? 山ちゃん」
「――悪いヤツじゃないんだよな」
「それは僕も分かってる」
「そう?」
「あの、さ、さっき、僕のこと癒し系って言った人、2人いるって言ったでしょ? そのうちの一人は、ウェイ村」
「マジか」
「山ちゃん、何か、ごめんね、隠してたみたいで」
「別に、俺ら、それこそBLカップルじゃないんだし。構わないけどそんなの」
 話しているうち、いつの間に、時間が過ぎている。そろそろ出ないと、塾に間に合わない。小倉アイスバーは棒だけになり、かき氷メロンは空のカップになっている。
「行くか」
 僕が促すと、
「うん」
 高瀬も立ち上がった。
「でも何か楽しみ」
 カップをゴミ箱に捨てて、コンビニを出ながら高瀬が言う。
「そう?」
「うん。実は、僕のことを癒し系って言ってくれたもう1人って村尾さん、山ちゃんのいとこの村尾里奈ちゃんなんだよね」
「え? なにそれ。おまえら、どこで会ってんだよ」
「へへへ、それはヒミツだよ」
「なんだそれ」
「村尾さんと約束したから」
「だんだん、ムカついてきた」
「ねえ、山ちゃん」
 高瀬は、明るい明るい曇り空を見上げながら言った。
「なんか、ちょっと楽しい秋になりそうじゃないかな?」
 それは、そうかもしれなかった。
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